方向転換するときは、必ずブレーキを踏んで減速しなければならない。時には立ち止まることも必要だ。政権交代が実現して1か月、民主党政権は今のところ高い支持率を維持しているが、冷静に考えれば「立ち止まることすらできないのでは?」と思われていたダム建設を、とにかくストップさせてみせただけのこと。問題はこれからだ。国土交通省関連では、民主党にも大いに責任がある建築基準法の再改正を行うのは当然として、不動産仲介の両手取引禁止は早くも腰砕けになりそうだし、JAL再建や整備新幹線などの問題も先行きが見えない。前原誠司国土交通大臣は「日本の将来に対する閉塞感を打ち破りたい」と言っているが、それには明確なビジョンと具体的な戦略を示していくことが必要だ。無駄な公共事業を削減するだけでは、将来への希望は取り戻せない。

<主な内容>
・前原国交大臣の話をナマで聞いてみると…
・日本の将来への3つ不安と4つの成長戦略
・建設業就業者537万人の雇用はどうするのか
・建設労働者が建設業界にしがみ付く理由
・1人当たりのGDPが突出する不動産業―産業間格差が所得格差の拡大の一因では?

前原国交大臣の話をナマで聞いてみると…

 ほぼ1か月振りのブログ更新である。いろいろと依頼原稿が重なっていたこともあるが、民主党政権が誕生したあと、とくに論評したいこともなかったので、高みの見物を続けていた。フリージャーナリストの記者会見出席も、なかなかオープンにならないようだが、10月5日に開催された森ビルのアカデミーヒルズと朝日新聞共催のシンポジウム「水が足りない―ビジネス戦略と地球環境―」に受講料5000円(中身はあまりなかったが…)を払って参加し、特別ゲストの前原国交大臣の話を直接聞くことができた。

 前原大臣が公務が忙しい中で出席したのは、朝日新聞にいる大学時代の同級生の頼みなので断れなかったと言っていた。ただ、ダム問題に取り組んでいるときに「水が足りない」と題したシンポジウムによく出席したものである。案の定、日本の水資源問題の話は一切、触れず、下水道部の話はしたものの、河川局や土地・水資源局については一言も言及しなかった当たりは、不自然さと物足りなさを感じた。

 しかし、政権交代後、官僚依存脱却を打ち出して、大臣が自分の考えていることを自らの言葉で語ることは、官僚が代筆した挨拶ばかり聞かされてきた方としては、聞いていて気持ちが良いものである。現時点では、毎回、政権交代に当たっての基本的な考え方を繰り返して表明しているのだろうと思うが、今回のシンポでも次のことを話した。

日本の将来への不安と4つの成長戦略

 今回の政権交代は、国民が将来の日本に対する不安を感じていて、その閉塞感を払拭してほしいとの思いから実現した。将来の不安とは次の3つから来ていると思う。
?人口減少社会の到来―毎年90万〜100万人の人口は減り続ける
?少子高齢化の急速な進展―65歳以上の人口比率は25%から2050年には40%を超える
?GDPの約1.8倍の長期債務

 こうした状況を考えれば社会資本整備は抑制せざるを得ない。道路の維持管理費でもすでに2兆円に達しており、今後も道路をつくり続ければ、当然、維持管理費も増加していくことになる。リセットして有効なものかどうかを検証する必要がある。

 一方で、今後の成長戦略も必要であり、現時点では次の4つを考えている。
?観光の振興して、海外からの観光客800万人をもっと増やす
?オープンスカイ政策を推進して人の往来を活発化させる
?港の国際競争力を高めていく
?運輸業や建設業の海外進出を促進する

 以上が、前原大臣の話の骨子だが、この4番目の戦略の柱となるのが「水ビジネス」だと強調していた。そうであるなら、日本の水資源問題に対する現状認識を少しは語ってくれるかと期待したが、日本では水が余っているのは自明のことであるという認識なのだろう。水問題は「余っているから必要ない」というほど単純な話ではないと思うが、とにかく今はダム建設中止に突き進むしかないということのようだ。

建設業就業者537万人の雇用はどうするのか

 国民が感じている日本の将来への不安は、前原大臣が指摘する通りだと思う。しかし、国民が感じている閉塞感の具体的な原因が何かをきちんと示せているわけではないだろう。とりあえず、立ち止まってみせたことで、閉塞感を払拭できるかもしれないという期待は生まれつつあるが、大多数の国民が普通の生活を安心して過ごせる社会を実現するために、これまでの経済・社会システムをどのように見直していくかを示していくことが重要である。

 私が専門分野としている建設業の成長戦略として、前原大臣は海外進出の促進が打ち出した。しかし、海外進出できる建設業者は、ゼネコン、専門工事業者、ハウスメーカーの大手に限られ、公共事業費削減が直撃する中小・零細業者を救うことにはならない。さらにバブル崩壊後、製造業のリストラなどの受け皿となった建設業の労働者を海外に連れて行くわけにも行かず、彼らの雇用をどう確保するかも考えなければならない。

 建設労働者の雇用問題というと、必ず農業や林業への進出とか、介護分野への進出といった話が出てくる。民主党でも、建設業界の雇用対策として同様のことを考えているようだ。しかし、そうした話を聞いて、建設業界で働いている人たちが将来に希望を持てると思っているのだろうか。逆にますます厳しい状況に追い込まれるだけと、彼らは直感的に感じているはずである。

建設労働者が建設業界にしがみ付く理由

 野村総合研究所の「2015年の建設・不動産業」(東洋経済新報社)に掲載されている「2006年における経済活動別一人当たりの生産額」によると、全産業平均の1人当たりGDPは784万円で、製造業は974万円。これに対して、建設業は583万円と、平均から比べても25%少ない。ところが、農林水産業は229万円と建設業の半分以下だ。介護サービスのデータは判らないが、テレビなどの報道で見る厳しい現実を見る限り、農業とそれほど変わらないのではないだろうか。

 いくら建設業界に対して新規分野として農業、林業、介護サービスなどへの進出を促したところで、得られる所得が建設業で働くより低くなるのは明らかだ。建設業とほぼ同等、頑張れば少しは稼ぎが増える可能性があるのなら、黙っていても新規参入は進むだろう。そうした対策が何も講じられていないから、彼らは建設業にしがみつき続ける。人間の心理として当然のことだ。

 政府は、公共事業費の削減を進めることで、建設業で働き続けても、農業、林業よりもさらに稼げなくなるから、農業、林業に進出した方が「まだマシだ」と考えているのか。そうであれば、所得格差をさらに拡大させるだけのことだ。夢も希望もない話である。とても国民が感じている閉塞感を払拭できるような話ではない。

産業間格差が所得格差の拡大の一因では?

 力のある企業や力のある人間は、どんどん海外進出すれば良いし、それを国も応援する必要があるだろう。問題は、大多数の国民や中小・零細企業が生きる国内市場をどうするかである。先ほど紹介した1人当たりGDPのデータを見ると、いくつか突出した産業があることに気が付く。金融・保険業の2005万円、電気・ガス・水道業の2655万円、そして断トツ6239万円の不動産業である。

 なぜ、これだけ産業間でGDPの格差が生じているのか?もちろん、産業構造の違いもあるし、それぞれの産業界にいる人たちは、自らの努力の賜物だと主張するだろうが、3業種とも国内市場をメーンとした規制業種ばかりである。これまでの規制の歪みが、産業間格差を拡大してきたと考えざるを得ないのではないだろうか。

 民主党が政策INDEXに盛り込んだ不動産仲介の両手取引禁止は、この産業間格差の歪みを是正するのに効果がある政策であると私は考えていた。そのことを民主党も十分に理解しているものと思っていたが、日経BPの前原大臣のインタビュー記事などを読む限り、そうではないらしい。未来計画新聞に掲載したコラムでは、主に”利益相反”の視点から不動産仲介の両手取引禁止の必要性を説明したが、何もそれだけの理由で主張しているわけではないのである。

 建設業の視点から、不動産仲介の両手取引禁止の理由について、2009年4月に大手ゼネコン竹中工務店の社内報に寄稿した記事で書いた。同社のご好意で未来計画新聞にも再掲する予定だ。少々、長い原稿で読むのが大変かもしれないが…。

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