【建設】なぜゼネコンは政治献金を続けるのか?―西松建設問題を考える(2009-03-31)

s-エコノミスト090323.jpg 西松建設問題がメディアを賑わすようになってから、建設業界の話題がすっかり出なくなった。火の粉がかからないように沈黙を決め込んでいるのだろう。私も、検察や政治の動きを取材しているわけではないが、今の建設業界の惨状を見れば、政治とゼネコンの蜜月時代はもう過去のこと。それを穿り返して政治が停滞する方が日本にとって問題である。ゼネコンを悪者にして政治とカネの問題で大騒ぎするのはもう止めにするべきではあるまいか。
 写真=3月23日発売の週刊エコノミストの特集「不動産壊滅」。中堅ゼネコンの連鎖型倒産を通じてゼネコンが置かれている経営環境について記事を執筆した。 ◆主要ゼネコンの売上高(単体)下落率(1998年3月期〜2008年3月期)の表を掲載しました。

古い体質を引きずってきた西松建設

 最初に西松建設の話題に触れる前に断っておくと、私の叔父は10年ほど前に定年退職するまで西松建設に勤めていた。岩手県の釜石市や仙台市など東北地区の工事現場で土木技術者として働き、いまも岩手県に住んでいる。93年に茨城県や宮城県などを舞台にしたゼネコン汚職事件が発覚した頃、「検察が捜査に入ったため仕事ができずに暇だ」との話を聞いたことがあるが、それ以外に仕事の話をしたことはない。

 今回の事件で逮捕された國澤幹雄前社長には、経理担当役員時代から何度も取材した。ざっくばらんな方で、個人的には好きなゼネコンの経営者の一人だった。一度、2人で本社近くの寿司屋に行き、昼飯をご馳走になったことがある。國澤さんが入社した当時の思い出やゼネコンが抱える様々な問題について率直に話をしてくれて、勉強になった。

 97年の金融危機のあと準大手ゼネコンの多くが不良資産問題で経営が悪化するなかで、西松建設は数少ない勝ち組ゼネコンとマスコミでは持て囃されていたが、内情は決して楽ではなかったはずだ。良い悪いは別として、西松建設は建設業界の古い体質をひきづってきたゼネコンであり、時代の変化に適合できずにいるとの印象があった。

戦前からの歴史を積み重ねてきた建設業界

 建設業界では、1981年度に鹿島が初めて受注高1兆円の大台を突破したあと、清水建設、大成建設、大林組、竹中工務店も民間建築工事で受注高を伸ばして「大手五社」が飛びぬけた存在となっていく。”業界の盟主”(今どきそんな言い方はほとんどしないが…)と言えば関東系の鹿島と言われてきたが、戦前(1945年以前)において業界トップは明治天皇、大正天皇、昭和天皇の御陵建設を受注した関西系の大林組だった時期もあった。

 さらに飛島建設の社史によると1937年(昭和12年)には飛島組(飛島建設の前身)が請負額3000万円を突破して、業界記録を樹立したとある。戦時中の1942年に建設業界人が初めて天皇に謁見した時のメンバーは大手5社に西松建設と間組(ハザマ)を加えた7社の社長との記録が残っている。主要なゼネコンはいずれも歴史を積み重ねてきた会社だ。

 戦後、飛島組は企業再建整備法の適用を受け解散し、飛島土木として再出発するときに、前田建設工業などが独立した。先ごろ開局50周年でフジテレビが、かつて石原プロダクションが映画化した「黒部の太陽」をドラマにしたが、そのモデルとなった熊谷組も同じく飛島から独立したゼネコンである。ちなみに黒部ダム(1956年着工、1963年完成)の施工業者は熊谷組のほか、ハザマ、鹿島、大成建設、佐藤工業だった。

談合組織の崩壊とゼネコンの再編淘汰

 私が建設業界を担当するようになったのは96年で、ゼネコン汚職事件の後からである。当時、建設業界は大手五社の下に、準大手11社(熊谷組、西松建設、フジタ、佐藤工業、戸田建設、五洋建設、ハザマ、前田建設工業、東急建設、三井建設、飛島建設)が位置するピラミッド構造となっていた。ただ、それ以前の業界の構図については、事件が発覚してメディアから建設業界の談合体質を散々叩かれたこともあり、新聞記者に解説してくれる人は少なく、話を聞きだすのに苦労した。

 93年のゼネコン汚職事件では、中央の談合組織が崩壊した。この組織は昭和40年代に大成建設と鹿島の業務担当役員が中心となってつくり、その後、飛島建設の植良祐政会長(当時)も加わって運営されていた。複数の業界関係者から93年当時、談合組織を植良氏と鹿島の清山信二副社長(当時)で仕切っていたとの話を聞いた。このゼネコン汚職事件の裁判は、実に10年以上もかかり、ようやく08年12月に全ての事案で判決が出され、清山氏の有罪が確定した。それを受けて鹿島はちょうど今(3月26日〜4月9日)国土交通省関東地方整備局から営業停止処分を受けているところだ。

 中央の談合組織は崩壊したものの、地方ごとの組織はその後も存続していた。近畿地区を仕切っていた平島栄氏(故人)を大林組から西松建設が役員として迎え入れたのは、まさにゼネコン汚職事件が騒がれていた93年のことだ。しかし、近畿地区の談合組織も97年には解体する動きが表面化し、それに反発した平島氏自らが談合資料を公正取引委員会に持ち込むという前代未聞の出来事が起きた。これによって平島氏も舞台から姿を消していく。

 さらに2000年には中尾栄一元建設相に対してマリコン(海洋土木会社)の若築建設が指名競争入札への参加をめぐって賄賂を贈る事件が発覚した。同年11月には公共工事入札契約適正化法が成立して、地方を含めて談合や贈収賄に対する規制が一気に厳しくなる。さらに2001年に小泉純一郎政権が誕生し、公共事業費削減と不良債権処理が進むと、公共工事の依存度が高い土木系ゼネコン、地方ゼネコンを中心にが再編淘汰が進んでいく。

西松建設の苦しい内情

 國澤さんが西松建設の社長に就任したのは2003年6月で、ゼネコンを取り巻く経営環境が一段と厳しくなり始めていた時期だ。西松建設では99年に建築を得意とする戸田建設と業務提携したり、財務体質の強さを生かして自ら土地を購入して不動産開発を推進したり、海外受注の拡大に取り組んだりと積極的な取り組みをしていたが、下の表を見る限り必ずしも成功しているとは言い難い。

主要ゼネコンの売上高(単体)下落率(1998年3月期〜2008年3月期)

 企業名  順位  98年3月期  2008年3月期
 熊谷組   6  10,132  2,285(▲77.4)
 飛島建設  17   3,944  1,563(▲60.4)
 ハザマ  13   5,111  2,041(▲60.1)
 フジタ   8   6,975  3,102(▲55.5)
 三井建設  15   4,413

 4,232(▲45.9)

 03年合併→三井住友建設

 住友建設  19   3,407
 東急建設  11   5,421  2,938(▲45.8)
 東洋建設  29   2,576  1,412(▲45.2)
 五洋建設  10   5,671  3,178(▲44.0)
 西松建設   7   7,116  4,140(▲41.8)
 鉄建  21   2,992  1,767(▲40.9)
 国内建設投資    72.5兆円  49.3兆円(▲34.3)

注)単位:億円。順位は98年3月期のゼネコン売上高ランキング。カッコ内は98年3月期比増減率、▲はマイナス。法的整理会社を除く。

 以前にもブログに書いたが、国内建設市場は97年度の72.5兆円から07年度の49.3兆円と10年間で34.3%も減少した。その間のゼネコン上位30社の売上高(単独)変動率で勝ち組と負け組を分けると、勝ち組は大手五社、マンション専業の長谷工コーポレーション、土木系では奥村組、前田建設工業など。これに対して西松建設の売上高は、98年3月期の7116億円から08年3月期の4140億円と42%も減少。大きく売上高を落とす結果となっていた。

 2004年4月には海外大型工事として期待されていたシンガポールの地下鉄工事でトンネル崩落事故が発生。損害賠償の影響もあって07年3月期、08年3月期と2期連続で最終赤字を計上している。そうした厳しい状況であれば、政治献金をストップするのが当然と思うかもしれないが、受注が落ち込み続け、手詰まり感が強まるなか、経営が苦しいからこそ、政治献金を続けざるを得なかったのではあるまいか。

公共工事に頼れなくなったゼネコン

 週刊エコノミストに掲載した記事では、08年以降のゼネコン倒産を”食中毒型”と書いた。97年から05年の間のゼネコン倒産の多くは、バブル期の不良資産を抱えてメタボリック体質となったことで資金が詰まる”脳卒中型”。金融機関の債権放棄と事業規模の縮小でメタボ体質を改善することで復活することが可能だった。しかし、”食中毒型”は受注した工事の中に運悪く腐っているものが混ざっていてバッタリと倒れてしまうケースで、当然、予防策や治療方法も違ってくる。

 食中毒型への予防策は、安全(工事代金回収リスクが小さい)なものだけを選んで食べるか、日頃から栄養価(利益率)が高いものを取って食中毒に対抗できる体力をつけるか、少々腐ったものを食べても解毒できる能力を持っているかのいずれかである。治療方法は、金融機関が資金繰りなどの面倒を見て体力が回復するのを待つぐらいだ。

 ゼネコンにとって最も栄養価が高く、かつ安全な工事が、公共工事であった。しかし、いまやピーク時に比べて工事量は半減したうえ、利益率も入札競争の激化で大幅に低下した。それでも、民間工事に比べれば工事代金回収リスクの少ない安全な工事であり、ゼネコンにとって受注するメリットが大きいことは間違いないが、談合の危険を冒してまで受注するメリットはもうないだろう。

ゼネコンが政治献金を続ける理由

 では、なぜ、ゼネコンは政治献金を続けるのか?

 福島県や宮崎県などで相次いで発覚した贈収賄事件が示すように、政治家も特定企業に利益誘導するようなやり方はリスクが大きいことを百も承知している。ゼネコン側も利益誘導してもらおうと思って政治献金を続けているわけではないだろう。ゼネコンにとって怖いのは、先の東京中央郵便局の建て替え問題のように、決まったことを政治の力でひっくり返されることだ。政治の影響力の大きさを知るだけに、最後の最後に邪魔されることは避けたいとの思いがある。

 さらに談合に決別したと言っても、不当な安値落札が頻発するような無秩序な状態は問題だし、一般競争入札であっても地元への社会貢献や事前調査や設計の協力などゼネコンが”汗をかく”必要がなくなったわけではない。「業界内では、どのゼネコンが誰にいくら献金しているかは公知の事実。それによって勝手に序列を決めている面もある」(有力ゼネコン幹部)。検察がいくら捜査しても、便宜供与などの事実が出てこないのは、そうした背景があるからだろう。

政治献金の規制だけで問題解決するのか?

 政治家の方も、政治献金で何ら便宜供与をしていなければ、金額の多寡を政治家本人はあまり気にしていないかもしれない。「3000万円ももらっておいて知らないでは、世間は通用しない」と言っても、得られる金額の多寡を考えるのは、提供した労働の対価として適正かどうか、投資した金額に対して見合っているかどうかなどを判断する時だ。お中元やお歳暮をもらってもお返しが必要がなければ、品物の金額を気にしない人もいるだろう。私が秘書の立場なら、下手に見返りを政治家に意識させないように個別の金額を知らせない。

 政治とカネの話が出てくると、必ず「庶民感覚とかけ離れて、国民の理解を得られない」と言った決まり文句を出てくる。便宜供与がなくても、企業が多額の政治献金を行えば「癒着だ」と庶民は怒る。当初はバラまき政策と批判しながらも、実際に定額給付金が配られ、高速道路料金が下がれば、庶民は喜ぶ。それを庶民感覚と言うのなら、メディアの見識とは何なのか?

 本質は、政治にカネがかかりすぎることである。政治にカネが必要である以上、いくら法律で規制したところで、その網をかいくぐってでも資金を集めざるを得ない。それを検察がいくら取り締まったところで、問題解決にはほど遠いだろう。庶民感覚だけで政治を論じる限り、この国はいつまで経っても変わらない。