80年代の土地バブルの反省から、日本の不動産市場に本格導入された「収益還元方式」―。不動産を証券化する時の利回りを計算するための不動産鑑定方法で、「実際の収益に基づいた価格なので、バブル期のような実体経済と乖離した地価高騰は起こらない」との触れ込みだった。それでもファンド主導によるミニバブルが発生し、マンション価格も消費者置き去りで高騰した。改めて不動産市場における「価格」の信頼性を考える必要があるのではないだろうか。

不動産業界から聞こえてくる厳しいメディア批判

 日本の不動産不況の原因は、サブプライムローン問題に端を発した世界金融危機による金融機関の貸し渋りにある。BIS(バーゼル合意)規制の対象外だった米投資銀行が過剰なレバレッジを効かせて投資を拡大。その対策としてBIS規制強化の議論が始まって、不動産向けの貸し渋りに拍車がかかったというのが一般的な見方だろう。

 今年の新年賀詞交歓会で、大手不動産の首脳に今年の注目ポイントを聞くと「貸し渋り対策として日本でも金融機関への公的資金注入に再び踏み切れるかどうか」との声が聞かれた。ただ、不動産業界から聞こえてくるのはそうした声ばかりではない。

 「日本の不動産市場のファンダメンタルズは決して悪くない。それにも関わらずメディアが過剰に騒ぎ立てるから、優良案件でも貸し渋りが発生。メディアが不動産不況を深刻化させた」―昨年12月11日に森ビルのアカデミーヒルズで開催されたセミナー「これからどうなる!激変の不動産投資市場と2009年のマーケット動向―今、現場で何が起きているのか?」では、厳しいメディア批判が展開された。

 セミナーは松村徹氏(ニッセイ基礎研究所上席主任研究員)、前澤威夫氏(シービー・リチャードエリス総合研究所=旧・生駒データサービスシステム専務)、腰高夏樹氏(シービー・リチャードエリス・アセットサービス社長)など6氏による放談会。冒頭にモデレーターの信田直昭氏(Shidaインベストメント&マネジメント代表取締役)から「今日の話はオフレコ」との発言もあったが、5000円の受講料を徴収してオフレコは通用しない。

80年代バブル崩壊の引き金もメディアだった?

 セミナーは、不動産投資市場の現場で活躍する方々の考え方がどのようなものであるかを垣間見せる内容で、なかなか興味深かった。メディア批判の口火を切ったのは前澤氏。他の講師からは「そもそもメディアには期待していない」との意見も出たが、不動産投資市場のオピニオンリーダーと言われる人たちに、メディアへの不信感が広がっていることが判った。

 そこで思い出したのが、前回のバブル崩壊でも引き金をメディアが引いたという話。「90年秋にNHKが放送した特別報道番組『地価は下げられる』が地価下落を引き起こした」と、不動産業界ではいまだい語り継がれている。それがトラウマとなって、不動産関係者は市場のネガティブな情報をメディアに出すことを極端に恐れる傾向がある。今回の不動産不況も前回と同様にメディアの責任が大きいと思っているらしい。

 不動産業界のメディアに対する不信感は、記者にも伝わってくる。取材する記者の方も「何か悪い情報を隠しているのでは?」と疑り深くなる。こうした相互不信の連鎖がメディア批判を増幅させているのかもしれない。しかし、そもそもの原因は、不動産取引や価格そのものが不透明で判りにくいところにあるのではないだろうか。

メディアが書くからマンション価格は下がる!

 「なぜメディアは、マンション価格の値引き競争が激化しているなどと報道するのか?書けば書くほど、マンション価格が下がって不動産会社の業績が悪化する。メディアにとっても、広告収入が減って何も良いことはない。『もうマンション価格も底値で買い時だ!』と書けば、消費者だって納得して買うし、メディアだってハッピーになるのに…」―今年の賀詞交歓会で、ある業界関係者から散々そう噛み付かれた。

 2008年春頃から、夕刊フジ、日刊ゲンダイの両夕刊紙が不動産不況に関する記事を盛んに報道し、デベロッパー倒産も相次いだことがかなり堪えているようだ。私の古巣がフジサンケイグループだから言うのだろうが、「ここ2、3年は夕刊フジに記事は書いていない」といくら言っても、しつこく食い下がってくる。

 「今が底値かどうかなんて、判らないのに、どうして底値だと書けるのか?」と問い返すと、  「誰も判らないのだから、メディアが揃って書けば、底値になる」と、無茶を言う。

 「底値が近づいていることを客観的に判断できるような指標でもあれば、それを根拠に記事を書くこともできるが…」とかわしても、  「いつもは根拠なんて、適当にデッチ上げて書いてるだろう」と、痛いところ(?)を突いてくる。

 不動産業界がいくらメディアを批判しても、リアルタイムで不動産取引価格の動きが判るような仕組みがない以上、メディアの報道しか消費者などに不動産価格の動向を知らせる術はない。問題は、メディアや消費者を納得させるだけの「価格」の根拠を示す努力を不動産業界が怠ってきたことだと思うのだが…。

収益還元価格も市況によって変動する

 「(不動産)鑑定価格も、市況が良ければ、上振れするのは仕方がない」―アカデミーヒルズのセミナーを聞いていて、メディア批判と並んで印象に残ったのがこの発言である。薄々は判っていたことだが、「収益還元方式による鑑定価格は信頼できる」と散々聞かされてきただけに、「やっぱり収益還元価格と言っても、そんな程度のものだったんだ」と、騙された気分になる。

 鑑定価格の上振れを「仕方がない」で済ませてしまえば、市況が良いときに物件を大量に購入してきたJ-REIT全体が水膨れしていたことを認めたのも同然ではないか。市況が悪化したとたんに、ファンダメンタル以上にJ-REITが下落したのも「仕方がない」ことになる。

 収益還元価格の危うさは、私自身も全く気づいていなかったわけではない。ただ、日本に収益還元方式が導入された当時、日本経済にとって不良債権処理を進めることが最優先課題となっていた。その判断は間違っていなかったと思うが、今から振り返れば、2003年に不良債権処理が完了した時点で、規制を強化して不動産証券化市場を正常化するべきだっただろう。

 昨年9月のリーマンショックの直前に開催された「ARES不動産投資国際フォーラム2008」(9月11、12日)でも、海外の有識者から日本の不動産投資市場の課題として、鑑定価格の問題を指摘する声が最も多かった。

次の回復局面に向けて業界は何をすべきか?

 景気が悪化すると「メディアが悪い、悪いと報じるから、ますます景気が悪化する。明るくなるような情報も流すべきだ」といったメディア批判が聞かれるようになる。「景気とは”気”の持ちようなのだから…」とも言われるが、その景況感を示す日銀短観のDIを見ても、メディアが発達していなかった頃から景気は循環するものであって、企業の景況感は「山高ければ谷深し」になる。

 「2006年、07年の2年間は、過去に経験したことがなかったほど、不動産市況が良すぎた」―今年の賀詞交歓会で、80年代のバブル期も経験している業界の首脳OBからそんな言葉を聞いた。国土交通省幹部からも「今から振り返れば、やはりバブルだったのだろう」との声を聞く。山が高かったのは確かだ。

 2009年も早々に、上場不動産企業である東新住建とクリードの2社が経営破たんした。「欧米に比べて日本の不動産ファンダメンタルは悪くない」のが例え事実であっても、今回の調整局面はやはり「谷深し」であって、ソフトランディングさせるのは無理だったのではあるまいか。

 当事者にとって不況の深刻化は死活問題で、メディア批判したい気持ちもわからないではない。しかし、セーフティネットを用意したうえで、一気に谷底まで落ちてしまった方が市場が回復に転じるのも早くなるものである。すでに国交省などで資金繰り対策、住宅ローン減税、投資減税などのメニューを用意済みだ。次の回復局面に向けて、不動産業界が市場の信頼性を高めていく努力も見せないまま、メディアに市況回復のリード役を期待しても無駄である。

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