【住宅】改正建築基準法施行1周年シリーズ(2)―建築基準法って何?(2008-06-20)

 建築基準法とは、そもそも何のためにあるのか―。姉歯事件が発生した当初から考えてきたのだが、いまだに納得する答えが見つからない。「現実問題として欠陥住宅が建設されているのだから、建築基準法で規制するのは当然だ」と国土交通省住宅局幹部は言うのだが、欠陥商品ならば販売業者に引き取らせれば良いだけの話。何も建築基準法で規制を強化しなければならない理由にはならないだろう。そもそも日進月歩で進化するものづくりの技術を、法律でがんじがらめに規制しているものなど建築以外にはほとんど聞いたことがない。本当に建築基準法でなければ、建物の安全性は確保できないのか?

建築の自由と公共の福祉

 建物は、人が安全に住むためのシェルターではあるが、所有者にとっては重要な財産でもある。だから、土地だけでなく、建物にも固定資産税が課せられて、所有者は納税義務を背負わされている。

 建物を財産と考えれば、日本国憲法第29条にはこう書かれている。
「財産権は、これを侵してはならない」
だから、自分が所有する土地に、自分の好きなデザインや色で自由に建物を建てる権利を国民は有しているのである。

 しかし、第29条の2項にはこうも書かれている。
「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める」
つまり、所有者の自由に建物を建てる権利はあるものの、公共の福祉に反しないことも定められており、これが建築基準法の根拠になっていると私は解釈していた。2004年に新たに成立した「景観法」も、この2項を根拠にして私有財産権に対する制限を加えたと考えるのが妥当だろう。

隅切りの問題さえ簡単にトラブル解決できない建築基準法

 この建築基準法を巡って、私の父が思いがけないトラブルに巻き込まれている。父は10年以上前に工務店(札幌市)を廃業したが、大工の棟梁であると同時に、2級建築士、1級技能士、施工管理技士など様々な資格を持つ住宅のエキスパートである。

 約3年前のこと、歩道のない道路(幅員4メートル以上の公道)で囲まれた住宅街の角地となっている敷地で一戸建て住宅の新築工事が始まった。工事が完成に近づき、住宅と一体化した高さ約2メートルの外塀がつくられると、敷地の角に「隅切り」が設けられていないことに気がついた。

 隅切りとは、道路交差点で車両が曲がりやすくするために敷地の隅を切り取ること。建築基準法では、幅員4m以上の公道などの交差点や屈曲点には、隅角をはさむ2辺のそれぞれ2メートルとした二等辺三角形の隅切りを設ける必要があると定めている。

 実家から車で幹線道路に出るためには、その角を曲がる必要があった。札幌は冬になると雪も多く、道路幅が雪で一段と狭くなって危険になることから、札幌市の建築指導課に相談しに行った。まず父は、角地の建物の建築確認申請図面の閲覧を申請。その図面にきちんと隅切りが書き込まれていることを確認したうえで、現場での事実を告げ、指導課の担当者に改善を求めた。

 数日後、思いがけない事態が起こった。その住宅の建築主が、実家に押しかけきて猛烈な抗議を行ったのである。さすがに父も恐ろしくなって、何とかなだめすかして帰ってもらったというが、いまだにこの問題は解決していない。札幌市の建築指導課も、この程度のトラブルを解決できないようで、本来の役割を果たしているといえるのか?

 先方の主張は、不動産業者から隅切り部分を含めて土地を購入したのだから、そこも自分の土地。自由に建物を建ててどこが悪い、ということのようだ。隅切り部分に建てられているのは塀だけだが、高い塀ができたことで道路の見通しが非常に悪くなり、出会い頭の事故などの危険性が心配されている。

建築確認の民間開放の狙いは建築指導の強化だった?

 「本来、そうした建築トラブルの解決に行政機関がもっと積極的に対応するために、建築確認申請業務の民間開放を実施したはず。ところが、これ幸いと経費削減のために地方自治体が建築指導課の人員削減をどんどん進めてしまった」

 姉歯事件の背景として、建築確認申請業務の民間開放を原因とする指摘する声に対して、国交省幹部OB(局長経験者)が当時の経緯を私に説明したコメントだ。つまり、建築確認申請の手続き等が正しく行われているかどうかのチェック(あくまで確認)作業は、民間に任せて、行政として本来取り組むべき「建築指導」に力を入れるのが狙いだったというのだ。

 「住民同士のトラブルや消費者と建築業者のトラブルについて、民間機関が指導できるはずがない。それは行政など公的権力が果たすべき役割だ」(住宅局幹部OB)。そう考えると、姉歯事件の時に民間確認検査機関のイーホームズが建築確認申請の書類をチェックし不備を発見して行政機関に報告したことに何ら問題はない。偽装を見逃したという点でイーホームズにも問題があるとの見方もあるが、そもそも「偽装」を見破るのが民間建築確認検査機関の役割と言えるのか。

建築確認申請をせずに建物をつくる人びと

 世の中には、建築確認申請を行わずに建てられた建物は数多くある。最も多い動機は、固定資産税の課税から逃れるためだろう。大阪府富田林市で固定資産税課の担当者を取材したときに、固定資産税逃れを航空写真を使って見つけ出す方法を詳しく聞いたが、課税台帳にない家がかなりの数に上っていた。所有者にとっては、自分で住む分には建物の安全性は自己責任で、それ以上に固定資産税から逃れたいとの思いが強いのかもしれない。

 建築確認申請を行わず、他人を住まわせている有名な賃貸マンションもある。高知県高知市にある5階建ての沢田マンションだ。ウィキペディアにも取り上げられているほどで、私が卒業した大学研究室の後輩が、修士論文としてこのマンションを取り上げ、昨年には本として出版された。 「沢田マンション超一級資料―世界最強のセルフビルド建築探訪:加賀谷哲朗著(築地書館)」

 オーナー夫婦が、建築確認申請を行わず、ほぼ手作りで大規模な増改築を繰り返して完成させたマンションで、しかも、そうした事情を知ったうえで、約70世帯が生活を営んでおり、最近ではここに移り住む若者も増えているという。もちろん、高知市は建築基準法違反として度重なる指導を行ってきたようだが、結局、工事は止まらずに、世界最大規模とも言われるセルフビルドの建物が出来上がった。

 もし発生確率が高いと言われる南海地震が発生し、大きな被害を受けたときには、誰かが責任を問われることになるのだろうか?行政側としても散々指導し、住民も判っていて住んでいるのだから、どう考えても国や地方自治体に責任があるとは考えられない。住んでいる人たちの自己責任ということになるのだろう。

法改正によって既存不適格となった建物の安全性

 さらに世の中には、「既存不適格」と称する数多くの違反建築も存在する。建物をつくった時点では適法だったが、その後建築基準法が改正となって違法になった建物のことである。法律を改正したのは国だが、その建物の安全性に誰が責任を負うのか?もちろん、その建物の現在の所有者であり、国が責任を負うわけでなない。

 そう考えれば、建物の安全性は、本来、行政が確保するのではなく、第1義的には建物の建築主(建物オーナーもしくは販売業者)が確保すべきものである。そのために国家資格を持つ建築技術者を雇い、建築業法に基づいて登録許可した建設業者に施工してもらうのである。

 どうしても不安なら、第三者の優秀な建築技術者を建築主自らが雇って、チェックさせれば良いだけの話。国民の大多数がせいぜい3階建て以下の建物にしか住んでいないのに、国が税金を使って検査機関(天下り先?)をつくって、大手不動産など企業や資産家ぐらいしか建てられない6階以上の建物を全てチェックしなければならない理由が理解できないのである。

国が建物の安全性を確保しなければならない根拠とは?

 建築確認検査制度で、公共の福祉に直結する建ぺい率、容積率、斜線規制、隅切りなどをチェックするのは当然だろう。しかし、なぜ建築主の責任であるはずの建物の安全性を国が厳しくチェックしなければならないのだろうか?いまの建築行政に対して厳しい批判を展開している建設省建築指導課OBに質問したことがある。

 「最低限の生活を国が保障している以上、安全性を確保するのは当然だ」との答えが返ってきた。
 憲法25条を読むと「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」。第2項では「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と書かれている。建築確認検査制度で、国民の生活の基盤である住宅について、最低限の安全性を確保するのは国の役割ということのようだ。

 では、最低限度の安全性とは、どのレベルなのか?建築基準法が生まれた昭和25年(1950年)当時は、建物の高さは31メートルに制限され、建物の構造も単純だった。しかし、62年に高さ制限が撤廃され、68年に霞ヶ関ビルが誕生。その後も技術革新を続ける建築に対して行政は積極的に関わり、全ての建物を対象に安全性確保の面での規制を加え続けている。

 「確かに安全性確保も大切かもしれませんが、何から何まで税金を使って行う必要もないと思いませんか?」
住宅局幹部に私がそう問いかけると、「それはそうだ」と答えたあと、ふと我に返って『まずい返事をした』と思ったようだ。今の今までのんびり構えていたのに、「じゃ、これで」と急に話を打ち切って席を立ってしまった。

建築基準法による規制は事件のたびに強化され続けるのか?

 この1年間、混乱が続いてきた建築確認検査制度も、社会からの厳しい批判に対して現実的な運用体制へと改善され、ほぼ解消されつつある。構造計算のピアチェックも軌道に乗ってくれば、今回の混乱を招いた建築基準法に対する批判も徐々に収まっていくかもしれない。それで今回の姉歯事件に端を発した問題が解決したことになるのだろうか?

 制度には必ず欠陥や盲点がある。いずれ第2に姉歯元建築士が出てきて、新たな偽装が発覚することは避けられないだろう。そのときは再び、国民は役所に解決策を求め、役所は建築基準法での規制を強化することで問題解決を図ろうとするのだろう。

 「法律が施行されて1年経っても、まだ対応できないようでは、建築業者の力量が問われるのではないか?」(住宅局幹部)―そんな言葉で片付けられるような問題ではないと思うのだが…。