雑誌にコメントするのも楽じゃない!
私も長年、新聞記者をやってきて若い編集者の心情も判らないではない。金融担当の頃には、エコノミストやアナリストを電話などで取材することも多く、事前に見方の違う人をこちらで選んでコメントしてもらうぐらいのことはよくやっていた。
今回の取材でも、相手がどのようなコメントを期待しているかが判らないわけでもなかったが、「役人が悪い」と答えたところで、問題が解決するような単純な話でもない。私自身が、ジャーナリストなのだから、何も雑誌編集者を喜ばせるようなことをしゃべって記事に書いてもらう必要もないし、せいぜい「千葉もメディア受け狙いの発言をするようになったか…」と言われるのがオチである。
同席していたライターは、私と編集者の間に入って「千葉さんの言っていることも間違っていないと思いますよ」と取り成してくれていたが、編集者は自分が描いたシナリオ通りの発言をさせようと躍起だった。後日、掲載された記事を読むと、「規制は、現場に混乱と被害を生じさせ、官僚たちの新たな利権の温床となりやすい。復活する規制強化から、そんな許しがたい事実が見えてきた」(週刊SPA!5/27号)。当然、私のコメントはボツ!自分の思い通りのシナリオでないと困るような記事作りは、まさにテレビの”やらせ”番組と同じだと思うのだが…。
日経BPの記事に寄せられた読者から厳しい批判
改正建築基準法に対する世間の目は、この1年間でかなり変わったと言って良いのだろう。まさか週刊SPA!のような雑誌でも、今回の建築基準法の改正がやり過ぎだったという記事を書くとは想像できないことだった。私が日経BPnetに昨年(2007年)7月5日付けで掲載した記事「姉歯事件が生んだ改正建築基準法に『役人が焼け太りするだけ』との声」という記事に寄せられた読者のコメントを読んでも、それを実感する。
建築基準法改正の影響について、当時は一般のメディアもほとんど取り上げていなかった。そんな状況を何とか変えたいと思い、まずは一般消費者に住宅業界で何が起こっているかだけでも報道する必要があると考え、日経BPnetに記事を掲載してもらった。いつもなら読者からのコメントは3件程度なのだが、この記事には15件ものコメントがついた。私の記事としては大反響だった。
コメントを読むと、建築関係者と思われる方々のものは大方、好意的だった。しかし、建築業界以外と思われるコメントは「業界寄りだ」とか、「何を言いたいのか判らない」とか、「これまで業界批判しながら、メディアのマッチポンプだ」とか、「法改正に対応できない事業者が淘汰されるのは当然だ」とか、「対案が示されておらず、言いっ放しだ」とか…。かなり手厳しい批判的なコメントのオンパレードである。
規制強化の大合唱から一転して…
2006年の建築基準法改正の論議を振り返ると、国会もメディアも国民も「規制を強化しろ!」の大合唱だった。「建築確認検査制度を強化するだけでは問題は解決しない」と言ったところで、誰も耳を傾けるような状況ではなかった。日経BPの記事を書いた時も「規制が強化されれば日本の住宅は良くなる!」との思い込みが強く残っていると感じていたので、「役人が焼け太るだけ」とかなり過激な表現で注意を喚起した。
人間誰しも、ある日突然、自分が予想していなかった現実を突きつけられると「何を言いたいのか判らない」と思考停止に陥り、「マッチポンプだ!」などと反発する心理が働くものではある。記事には書かなかったが、当時の取材で、建築確認件数が通常の半分以下に落ち込んでもおかしくないと考えられる状況だった。当然、その状態が長引けば国内景気に悪影響が出ることも予想していた。
最初に改正建築基準法の影響が数字になって表れたのは、建築確認件数の7月分統計が公表された07年8月末のこと。その後も新聞やテレビなどでこの問題が大きく取り上げられることなく、最初に大々的に報道したのは9月23日放送のTBSの「噂の東京マガジン」だった。私も、9月末に2か月連続で大幅減の統計が発表になったあと、このブログで3回、改正建築基準法をコラムを書いた。その後は一般紙などでも徐々に、この話題を取り上げるようになり、国交省でも対策に乗り出したので、しばらくはあまり話題にせず、様子を見てきた。
国交省不況は、国交省だけの責任?
改正建築基準法の話題を、この半年間、あまり取り上げなくなった理由がもう1つある。一般紙などが建築基準法改正による景気への悪影響を”国交省不況”だとか、”官製不況”と書き立てるようになったからだ。
今年1月19日号の週刊東洋経済のゼネコン特集で、「役人が業界を潰す!動きたくとも動けない建設業の呪縛」という記事の執筆を担当し、改革に後ろ向きな国交省の姿勢を批判する内容ではあったが、その中で私も国交省不況という言葉を使ってしまった。法律施行に当たって、様々な不手際があってスムーズに新しい制度へと移行できずに混乱したという点では、国交省の責任は大きい。しかし、法改正については国交省だけの責任とは言い切れない。国民が大幅な規制強化を求めたという経緯もあるからだ。
「役人たちは自分たちに責任が及ばないように、かつ自分たちの権益を拡大するために過度に規制を強化した」との見方もある。しかし、役所だけに責任を押し付ければ、彼らも出来るだけ責任が及ばないように身を守ろうとするのは当然だし、新たな規制が生まれれば、そこに天下り先を作るのは役人の本能みたいなものである(だから、公務員制度改革が進められてきたはずだが…)。
役所に丸投げするだけで問題は解決するのか?
今回の建築基準法改正では、私もかなり国交省の対応を批判してきたが、一方でその責任を全て国交省に押し付けるかのような”国交省不況”という言葉にも違和感を覚えていた。耐震強度偽装事件のあとは規制を緩くしていた国交省の責任を問い、景気が悪化したあとは規制を締め付けすぎたと言って国交省の責任を問う。結局は、全ての問題を役所に丸投げしているだけではないのか。彼らも自分たち以外に国民が頼るところがないと判っているから、いくら批判されても従来のやり方を変えようとしないのである。
改正建築基準法が施行されて1年―。果たして消費者は安心して住宅を建てたり、購入したりできるようになったのか?建築業界にとっても、より安全で安心できる建物を提供できるようになったのか?いくら国交省を批判したところで、彼らだけで問題解決できるとも思えない。より良い市場環境を整備するにはどうしたら良いのかを真剣に考えるべきだと思うのである。