【住宅】誰のための産業政策なのか?―経済産業省「今後の住宅産業のあり方に関する研究会」の議論を聞いて(2008-04-10)

 これからの住宅産業政策はどうあるべきなのか?―経済産業省が2007年4月に発足させた「今後の住宅産業のあり方に関する研究会」の最終報告が今月(4月)8日に公表された。経産省の住宅産業政策と言えば70年代の「ハウス55計画」が有名だが、最近は目立った政策もなく、すでに役割は終わったと思っていた。今回、研究会を立ち上げたのは、経産省が育ててきた(と思っている?)プレハブメーカーのシェア低下が続くなかで、何とか生き長らえさせる方策を考えようということだったらしい。立派な上場企業ばかりのプレハブ業界に対して、改めて産業政策を論じる必要性がどこにあるのだろうか?
――業界研究本「住宅」(産学社)が出版されました。トップページ中段の「お知らせ」をご覧ください。

住宅産業のあり方を議論する必要性とは?

 昨年暮れから取り組んできた業界研究本「住宅」の執筆では、経産省の研究会での資料を大いに参考にさせてもらった。会合の後に、議事録や配布資料も随時公開され、住宅産業の現状を示すデータもよく整理されていた。それらの資料を読んでいる限りでは、少子高齢化社会が急速に進展するなかで、住宅市場も新築中心のフロー重視から既存住宅を活用したストック重視への転換が必要であり、住宅産業のあり方を問い直そうという議論が進んでいるものと理解していた。

 ストック重視の市場環境を整備していくためには、中古住宅市場の整備も含めて住宅産業に新しい機能・サービスを付加していく必要が出てくる。その機能を誰が担っていくかは別にして、消費者や市場のニーズに対応した住宅産業のプレイヤーをどう育てていくのかを産業政策として議論することは必ずしも意味のないことではない。そう思って、本の執筆がほぼ終わった直後に開催された第6回(2月27日)と最終回の第7回(3月19日)会合を傍聴することにした。

住宅生産の工業化を自画自賛する経産省

 最初に「住宅産業」という言葉を使い始めたのは、昭和42年(1967年)に経産省の前身である通産省の重工局鋳造品課長が中央公論に寄稿した論文「住宅産業 経済成長の新しい主役」だったと言われる。研究会の最終報告「住宅産業のニューパラダイム―ストック重視時代における住宅産業の新たな展開に向けて」第1章の住宅産業の歴史にも、そのことが記載されている。経産省としてみれば、住宅産業を育ててきたのは建設省(国土交通省)ではなく、自分たちだという思いもあるのだろう。

 しかし、彼らが言う住宅産業とは、プレハブ(工業化)住宅を指してきたわけで、新設住宅着工戸数に占めるシェアも、最高で17.8%と、市場全体の2割に満たない産業であった。しかも、この10年間はプレハブ住宅のシェアは右肩下がりで低下して、96年度のシェアは12.5%。産業政策としては、とても成功したとは思えないのだが、役所の認識はそうではないらしい。

 住宅メーカーとして売上高が1兆円を超える企業が複数現れたほか、建材・住宅設備から素材までの幅広い川上産業の需要を牽引したことなどを列記。「工場生産住宅を先導役として、住宅産業の確立、発展をめざすとの政策の狙いはおおむね成功してきたと言える」と、報告書の中でも自画自賛している。

住宅生産を工業化した弊害はなかったのか?

 確かに住宅生産の工業化は、生産性向上のため必然性はあったかもしれないが、果たして功績ばかりだったと言えるのだろうか?住宅の工業化によって住宅の作りっぱなし、売りっぱなしがむしろ増長されていたのではないのか?工業化しても、住宅コストの低減は期待したほどに進まず、むしろ最近ではプレハブ住宅が富裕層向けの高級住宅になっているのではないか?工業化によって普及していったアスベスト建材や化学薬品によってシックハウスの健康問題が引き起こされたのではないのか?そうした弊害の部分には報告書では全く触れられていない。

 さらに日本の伝統的な景観を破壊してきたのも工業化だった。100年、200年と使い続けて街並みを形成していく住宅を、短期間で流行が変化する洋服や自動車などの消費財のように外観をクルクルと変更して「自分の土地に何を作っても表現の自由」という誤った認識を消費者に植え付けることになってしまったのではないのか?ストック重視時代に対応した住宅産業を考えるのであれば、まずはそうした反省からスタートするべきである。

プレハブメーカーのビジネスモデルは限界に

 過去40年間、「工業化=品質・性能の向上」であることを妄信して住宅の工業化に取り組んできた経産省には、プレハブ住宅のシェア低下がどうしても納得いかないことのようだ。2006年に住生活基本法が制定され、国の住宅政策もフローからストック重視へ転換が図られることになったのを機に、研究会を立ち上げて住宅産業=プレハブ住宅業界の強化策を検討することにしたわけである。

 その危機感は、2月の第6回会合の時に配布された最終報告案のタタキ台には、割と素直に表現されていた。プレハブ比率が1992年をピークに下がり続けているグラフも掲載され、「住宅ストックの不足している時代に確立された大量生産、大量供給を前提としたプレハブメーカーのビジネスモデルは、住宅ストックが充足し、更なる成長のためには新たな潜在需要を発掘しなければならない現在の状況に適したビジネスモデルとなっていない」との厳しい現状認識も示された。

 研究会の大多数の委員は、プレハブメーカーのビジネスモデルが「限界」にきているとの共通認識を持っていたのではないだろうか。その認識に基づいて、来るべき住宅ストック時代に向け「顧客への住生活提案力」を新しい競争力の基軸として、住宅産業の新しい枠組みを再構築する必要性が示されていた。外野から見ていても、真っ当な方向で議論が進んでいるように思われた。

研究会の議論に役所が強権介入!

 そこに突然、研究会の議論を一気に引っくり返す人物が登場した。経産省製造産業局長の細野哲弘氏である。第6回会合の途中で発言を求め、研究会に対して強い不満を表明したのである。

 「住宅産業は、昔、職人がやっていた事業領域だったという話も出たが、そこに工業生産の手法を持ち込んだのは大きな意味があった。それが、人口が減ってくるなどで住宅の工業化の手法が競争力の源泉ではなくなってきており、限界だ、限界だと書いてあるが、私はそれが非常に不満に感じている。そういうことを限界と思うかどうかは趣味の問題で、限界というより、ひとつの到達点と言うべきだ。これまで培った住宅産業のメリットやアドバンテージを、これからどのように使っていけるか、どこが足りないかというところに議論を集約していっていただきたい」

 役所主催の審議会や研究会での議論は、大筋で役所側のシナリオに沿って進められていることは承知しているが、こうも露骨に役人が軌道修正する場面に出くわしたのは初めての経験だった。局長発言に勢いづいた旭化成ホームズの岡本利明会長、ミサワホームの佐藤春夫取締役専務執行役員らが、食料安保ならぬ「住宅安保」論を展開し、安定的に安全安心の住宅を提供できるのは財政基盤が強いプレハブメーカーであることを強調した。

 細野発言で、議論の流れは一気に変わった。三菱総合研究所の長谷川恵一執行役員が「今後はストック価値とか生活価値といったことを実現していく産業というフレームを考えたときに、工業化は必ずしも中心的なパラダイムではないことから”パラダイムの転換”なる言葉が出てきた。次の段階に向かうという意味合いで”限界だ”というのは間違った論理でない」と抵抗。プレハブメーカーでも、大和ハウス工業の大野直竹副社長、積水ハウスの久保田芳郎取締役専務執行役員から「わずかシェア12%のプレハブ住宅が、本当に消費者から支持されていると言えるのか?」との冷静な発言もあったが、すでに形勢は決まってしまった。

報告書から消えたプレハブ住宅シェア下落のグラフ

 最終回の第7回会合で配布された最終報告案からは、住宅市場でプレハブのシェアが下落している象徴的なグラフが消され、”住宅産業の転機”などの見出しも消えてしまった。長寿命住宅の基盤作りとして、インフィルの標準化や各住宅部品の仕様標準化などが打ち出されただけで、住宅産業の構造転換をどう進めていくかという具体的な話はほとんど盛り込まれなかった。

 それでも経産省は、この報告書をもとに何らかの新しい住宅政策を打ち出してくることになるのだろう。「Notorious MITI(悪名高き経産省)はほめ言葉だと思っている」(細野局長)と言ってはばからない役所だから、既得権益を守るためなら、いくら批判されようがお構いなし。困ったものである。

 最近の住宅政策は、国土交通省などでも首を傾げることが多すぎる。シックハウス問題では、2003年の建築基準法改正で居室に換気扇を設置することが義務付けられたし、消防法改正では火災報知器の設置を義務付けたりと、余計(?)なものが次々に住宅に取り付けられるようになってきた。さらに07年の建築基準法改正によって、日本の伝統工法による住宅建築が事実上、困難になりつつあるとの悲鳴も出ている。

 200年住宅ビジョンも、施策を具体化する過程で、これから建てる住宅を長寿命化するという、いかにもプレハブメーカーに配慮した中身となりつつある。すでに一部メディアでも批判的な論調が出始めているが、一体、どこがストック重視の住宅政策なのか?しばらくは住宅政策の動向を注意深く見ていく必要がありそうである。