歴史に残るような建造物を設計・施工する―建築家なら、そんな想いを作品に込めながら仕事をしているのかもしれません。専門家向けの建築雑誌などを見ると、毎月数多くの作品が掲載され、作品に対する想いが熱く語られています(ただ、そうした想いが、一般の人々にどこまで理解されているかは、はなはだ疑問ではありますが…)。

 それだけ心血を注いで設計した建造物も、長い歴史の中で淘汰されていくのは避けられません。歴史に残った建造物といえば、一般的にはまず寺社建築や城郭が思い起こされます。いずれも当時の権力者が、かなりの資金と労力を投入して築いたものです。

 明治以降の近代社会でも、政府が欧米から近代建築・土木技術を導入し、公共事業として歴史に残る近代西洋建築物が構築されてきました。その構図は現在も同じだと言えるでしょう。ある意味で、建築家は、公共建築物に最も密接に関わっている存在ではないでしょうか。

 もう4年も前の1997年のことですが、公共工事のコスト削減が社会問題としてクローズアップされたことがありました。公共工事のコストが高すぎるという批判が高まり、政府は3年間で10%のコスト削減を図る方針を決定。2000年3月でちょうど3年が経過し、マスコミではあまり大きく取り上げられませんでしたが、めでたく計画通りに達成されたとの成果報告がありました。余談ですが、このコスト削減計画策定の実務責任者が、“脱ダム宣言”の田中康夫長野県知事に解任された光家康夫・元長野県土木部長でした。

 このコスト削減問題では、マスコミ各社は挙ってゼネコンにコメントを求めました。ですが、公共事業では、設計・施工分離発注が建前。バブル時期に散々、箱モノ行政が批判されましたが、その箱モノを数多く設計したのも建築家です。

 「そうだ、建築家に意見を聞いてみよう」―そう思い立ち、ある著名な建築家に、次のような手紙をファックスしました。(当時の原文のまま、名前は伏字にしていますが…)

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 わが国を代表する建築家である××先生に最近の建築業界を取り巻く諸問題についてコメントをいただきたくインタビューをお願いいたします。
<質問内容>
(1)財政再建が求められる中で、公共工事のコストを3年間で10%以上削減する計画がスタートしました。今回の公共工事のコスト削減についてどのようにお考えになりますか。
(2)コスト削減を図るために建設会社では、設計の標準化、生産の工業化などを積極的に推進しようとしています。こうした動きをどのように評価していますか。
(3)建築基準法の改正で大幅な規制緩和が図られようとしています。すでに容積率の緩和措置等も実施されましたが、今回の基準法改正は日本の建築にどのような影響を与えるとお考えですか。  (以下、略)
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 何度か、秘書の方と、やり取りしましたが、結果的には「先生はインタビューを受ける時間がない」という一言で、実現しませんでした。

 このエピソードを、たまに建築関係者の方に話する機会があると、反応はほぼ決まっています。まず、非常に興味深そうに「××先生は何て言ったの?」と質問され、実現しなかった、と答えると、「そりゃ、そうでしょうね。そんな質問に、著名な建築家が答えるメリットは全くないでしょうから…」。

 別に、建築家が公共工事のコストに無頓着で、無駄遣いしているというストーリーの記事を書きたかったわけではありません。むしろ「公共建築物には、もっとカネをかけて、歴史に残る素晴らしい建造物を造るべきだ」といった意見でも良かったのです。しかし、私が知る限り、公共工事のコスト削減問題で、建築家がマスコミを通じて何らかの発言を行ったことはなかったように思います。

 いまや建築家にとって、最大のスポンサーは、納税者=国民。そんな気まぐれなスポンサーを刺激するような発言はせずに、芸術家然としながら、関係者だけで仕事を進めていける建築家こそが、歴史に残る建造物の設計者として名前を残せるのかもしれません。

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