【コラム】政治も経済もスター不在?―大連立騒動から見る日本社会の現状(2007-11-13)

 自民党と民主党の大連立騒動では、民主党への手厳しい評価が多かった。日経新聞の世論調査では民主党の支持率は28%に低下。6月の参院選挙でせっかく大勝したあとだけに失望感があったのかもしれないが、果たして大連立を拒否したのは正しい判断だったのか?最近では政治の舞台に登場する役者も代わり映えのしない顔ぶれで、何らかのハプニングが起きることを期待していたのだが…。  

 突然の安倍前首相の辞任のあとの自民党総裁選挙では、麻生太郎前幹事長が一時、次期総裁の最有力候補とみられたことがあった。その後、福田康夫首相が出馬して、雪崩れ的に形勢が逆転してしまったが、それでも総裁選挙では予想以上に善戦し、存在感を示した。

 この時の総裁選は、かつての派閥政治を彷彿させる話し合いで大勢が決まったことに、メディアの批判が集中。「古い自民党を嫌った勢力が麻生さんを支持した」との論評もあったが、理由はもっと単純であるように思える。麻生さんにはスター性があり、人気があった(オタク系が中心かもしれないが…)ということなのだろう。

 やはりトップに立つ人間にとって人を惹きつけるスター性やカリスマ性は重要である。議院内閣制の日本では米国など大統領制の国に比べて首相の人気はそれほど必要ないと考えられてきたが、小泉元首相の登場で風向きが変わってきた。「古い自民党をぶっ壊す!」と叫びながら登場した小泉さんは、メディアを巧みに使ってパフォーマンスを展開。国民の高い支持率を背景に5年もの長期政権を維持した。

 小泉政治は、道路公団改革とか郵政民営化とか国民受けする花火を打ち上げるものの、あとは新たな利権にありつこうと集まってきた人たちに丸投げ。外側だけ新しくして中身は腐ったままというのが実態だと私は考えているが、それでも国民から高い支持率を得られていたのは、テレビメディアが好むカリスマ性を持っていたからだろう。

 小泉政権時には、小泉さん以外にも結構、役者が揃っていた。小泉総理生みの親こと田中真紀子外相、塩じぃこと塩川正十郎財務相、皮肉屋の福田康夫官房長官、さらに初入閣のボンボン石原伸晃行革相、民間人から竹中平蔵経済財政担当相も抜擢した。なかなか個性的なキャラクター揃いである。

 これが安倍内閣になると「お友達内閣」とか「論功行賞内閣」と言われ、役者も小粒になってスター不在に。飯島秘書官のような強力なプロデューサー役もおらず、次々に大臣がスキャンダルで血祭りに上げられて舞台から引き摺り下ろされるという事態に陥った。結局、客を呼べる役者がほとんど見当たらなってしまった。

 今回の大連立騒動でも、登場した役者が中曽根大勲位、森元首相、渡辺読売新聞主筆では見ている国民もゲンナリしてしまう。役者不足の中で何とか、芝居を面白くしようとするなら、小沢代表も大きく舞台設定を変える”どんでん返し”しかないと思ったのではあるまいか。「民意を反映していない」とか、「国民に対する裏切りだ」とか言ったところで、国民が退屈してしまっては元も子もない。

 政治と企業経営を同列に論じるつもりはないが、組織のトップに立つという意味においてはスター性は企業経営者にも重要かもしれない。オーナー経営者にはカリスマ性を持っている人は過去にも多く、本田技研の本田宗一郎氏、ソニーの井深氏、盛田氏などが有名だが、サラリーマン社長にも魅力的な経営者は結構いたように思う。

 80年代に担当したIT分野では何といっても印象深かったのは、このほど80歳で逝去したNEC元社長の関本忠弘氏。社長自らトップ広報マンを自認していたので、いくら忙しくても取材には快く応じてくれた。この頃は、ソニーの井深、盛田両氏が健在で、京セラの稲盛さん、すでにアスキーの西さん、ソフトバンクの孫さんも登場していた。90年代に担当した自動車では、やはりトヨタ自動車元社長の奥田さんが飛びぬけていた。

 2001年に小泉内閣が発足して経済界の意向を汲んだ構造改革がスタートした時には、経済人も政治の舞台に登場して活躍した。経済財政諮問会議には日本経団連会長の奥田さんがいたし、IT戦略会議にはソニーの出井さん、規制改革会議にはオリックスの宮内さんがリード役となったほか、楽天の三木谷さん、ライブドアの堀江さん、村上ファンドの村上さんなどがメディアに登場して話題を振りまいていた。

 しかし、05年6月に出井さんがソニー会長を退任したあと、06年に入って1月にライブドア事件が発覚。奥田さんも日本経団連会長を退き、宮内さんも村上ファンド事件によって社外活動を自粛せざるを得なくなった。三木谷さんもTBS問題の後遺症に苦しんでいる。小泉政権時代に、官邸と二人三脚で構造改革を推進した経済人や期待の若手経営者も小泉劇場の幕が下りると同時に退場していった。

 日本社会はもともと、出る杭は打たれやすいところがあるのは確かだ。トヨタの奥田さんは日本経団連会長を退くときに、成功者の足を引っ張りがちな日本社会を「嫉妬の経済」と評して苦言を呈した。そう言われれば、いつの間にか、経済人にも「論客」と言われる人がほとんど見当たらなくなってしまったように思える。

 記者として、スター不在の舞台を報じるほど難しいことはない。ネタ探しにも苦労する。最後は「何かハプニングでも起こらないか…」と期待するしかなくなってしまう。企業取材でも同じで、経営者にスター性、カリスマ性が感じられないとあまり面白くないのが本音だ。それが理由ではないだろうが、企業不祥事ばかりを追い掛け回すことになる。

 日本社会では、起業して成功したあとも、足を引っ張られないようにあまり目立たずにいる方が良いようにも思える。しかし、事業拡大を図るには、知名度アップして顧客やパートナーを拡大していくことも必要になる。そこをどう乗り越えるのか?起業して成功することも大変ではあるが、それ以上に成功し続けることは難しい。