今年、建設・不動産分野で、企業活動を大きく規制する法律が施行された。すでに何度も取り上げている改正建築基準法(施行日・6月20日)と、不動産ファンドを含めて規制する金融商品取引法(同・9月30日)である。この2つの法律とも企業の経済活動を大きく規制するための法律ではあるが、先に施行された改正建築基準法はその影響が業界を直撃する格好となった。規制する政府と規制される企業――秩序ある市場を構築するためには延々と規制強化を続けなければならないのか?

法律の想定外で起こる企業の法令違反


 経済活動を行ううえで法規制は避けては通れないものである。とくに自由主義経済では企業は自由な経済活動が認められているゆえに、市場には厳しい規律が求められる。コンプライアンス(法令順守)が企業にとって重要なのは当然のことだが、その一方で法令違反が相次いでいるのも事実だ。

 今年、相次ぎ施行された2つの法律もその原因を辿れば、企業の法令違反がきっかけではある。建築基準法は、90年代後半に米国の要求もあって「仕様規定」から「性能規定」へと大幅な規制緩和が実施された。一定の性能を満足すれば仕様は作り手に任せる「性能規定」は、本来は技術競争を促すための規制緩和となるはずだった。ところが、建築コストを削減する「経済設計」のための手法として法令違反ギリギリのところでの設計を建築士は求められるようになった。

 仕様規定に基づいた建築確認検査制度には、建築物の容積率を水増ししたり、斜線規制をごまかしたりすることはあっても、仕様規定どおりに設計されていれば、安全・安心の根幹となる耐震性能が偽装されるという発想がなかった。先の耐震強度偽装事件は法律の「想定外」のところで起きた。

 金融商品取引法が制定された背景にも、2001年のエンロン事件、02年のワールドコム事件によって投資家保護のために米国で制定されたSOX法の存在がある。その後、日本でも旧カネボウの粉飾決算やライブドア事件などが発覚して規制強化の流れが一気に加速した。事件発覚前からライブドアでは、株式の100分割やニッポン放送株の時間外取引など「法律では想定していなかった」と言われる際どい手法を駆使して収益を拡大していた。「想定内」が口癖だったライブドア元社長の堀江貴文氏にとっては証券取引法による逮捕が「想定外」だったのかもしれない。


法令違反が招く規制強化スパイラル

 改正建築基準法が与える影響について、さすがに一般紙なども新設住宅着工戸数が9月も前年同月比44%減と、3か月連続の大幅前年割れとなって無視できなくなってきたようだ。今年3月末に政省令が交付されてからの建築現場の混乱振りを多少なりとも取材していれば、決して「想定外」のことが起こっているわけでない。十分に想定できた事態が起こっているだけのことである。

 官僚無謬主義がいまだに根強い日本においては、リーガルリスクを意識することは少なかったかもしれない。しかし、今回の役所の対応には首を傾げざるを得ない点がいくつかあった。

 最初の疑問は、改正建築基準法と合わせて制定された「住宅瑕疵担保履行法」の全面施行が2009年秋であるのに、なぜ2年以上早く改正建築基準法の施行に踏み切ったのか?不動産業界にも住宅瑕疵担保履行法の早期導入が国土交通省から求められたというが、体制が整わないと抵抗。本格施行は2年以上先送りとなった。

 「姉歯事件で同じく改正された建築士法の施行もまだ先なのに、なぜ改正建築基準法の施行だけを急いだのかが判らない」(不動産業界関係者)

 さらに金融証券取引法では企業活動への影響に配慮して施行日から3か月から6か月の猶予期間を設けて周知徹底が図られているが、なぜ改正建築基準法では猶予期間が設定されなかったのか?今年5月の時点で、日本建築構造技術者協会などから半年程度の猶予期間設定を求める要望書が提出されていたが、国交省住宅局はそれらの声に耳を貸さなかった。

 「もともと建築基準法なんて”ザル法”なんだから、それを180度転換するのに何ら配慮がなされなかったのは問題だった」(国交省幹部)

 法規制が強化されればされるほど、リーガルリスクが高まるのは当然である。しかし、一歩引いて、最近頻発している様々な法令違反の事案を振り返ってみると、リーガルリスクを招いているのは企業自らであるという印象は否めない。


なぜコンプライアンスが重視されるようになったのか?


 ここ数年、日本企業の多くが、コンプライアンスを声高に叫ぶようになった。もちろんコンプライアンスそのものは正しいことであり、何ら問題にするつもりはないのだが、よくよく考えれば、コンプライアンスなんて言わずもがなの当たり前の話である。その当たり前のコンプライアンスを、企業が敢えて言わざるを得なくなったのはなぜか?

 最近の企業の法令違反事件を見ても、法令に抵触するかどうか際どいギリギリのところでビジネスを展開する企業が増えているからだと考えざるを得ない。

 私が駆け出しの新聞記者だったころに最初に直面した事案は、日米半導体摩擦だった。このときの争点は、日本の半導体メーカーがダンピング(不当廉売)輸出しているかどうかという法的に際どいところでの攻防だった。その後に担当したコンピューター業界でも、コンピュータープログラムをコピーしていたのかどうか、著作権法を巡る際どい攻防をIBMと富士通との間で展開されていた。

 これまでも企業は法令違反スレスレのところでビジネスを行っていたと言えなくもない。しかし、半導体のダンピング輸出問題は日本企業が無理をして不当に利益を抑えて行っていたわけではなかったし、互換機ビジネスもユーザーにとって商品選択の幅を広げる有益なビジネスモデルであった。

 同じ法令違反でも耐震強度偽装事件やライブドア事件は、半ば意図的に消費者や個人投資家に損害を与えるものだった。このほかに公共調達を巡る談合事件や贈収賄事件、食品安全の偽装表示、介護報酬の不正請求、土壌汚染マンション、自動車リコール隠しといった事案を並べてみても、善意の第三者や立場の弱い相手の安全を脅かしたり、損害を与えたりするような法令違反ばかりである。

 かつて建設業界のトップは「談合にも良い談合と悪い談合がある」と豪語したと聞くが、もちろん法令違反に良い悪いがあるわけではない。そうであっても、上場企業や老舗企業が、あまりにお粗末な法令違反事件が起きている現実を直視しないわけにはいかないだろう。


オフバランス化でリスク感覚が麻痺?

 議論の端緒として個人的な見解を述べるならば、いま世界経済を大きく揺るがせているサブプライム問題ほど大げさではないかもしれないが、企業のリスクに対する感覚に歪みが生じているような印象がある。

 市場経済の発達とともにリスク管理の手法やサービスが普及するなか、企業はあらゆるリスクをオフバランス化する取り組みを進めてきた。経営に不可欠なヒトも正社員で雇うのではなく派遣やアルバイトで済ませ、オフィスや生産設備も”持たざる経営”で賃貸やリース化を進め、資金もカネ余り状態の金融市場からリスクマネーを引っ張ってくる。これによって企業は成長スピードを高め、投資家への配当を高めてきた。

 全く関係ないように思える今回の改正建築基準法の話も、証券化が原因のひとつと言っても過言ではないかもしれない。建築基準法に性能規定が導入された同じ時期に、不良債権処理促進のために日本にも不動産証券化手法が導入された。快適で安全な空間を提供する建築物が「投資商品」へと変貌し、性能規定を使った「経済設計」へのニーズを一気に高める結果となったからだ。

 このような事例は、企業活動のあらゆるところで起こっているのではあるまいか。バブル崩壊の教訓によって、日本企業もあらゆるリスクに過敏に反応するようになった。しかし、そのリスクを手放した途端に、全くリスクに鈍感になってしまう。市場主義経済をリードする米国市場でさえ、低所得者住宅向けのサブプライムローンのようなリスクの高い商品を、証券化手法を使ってリスク分散してしまうと、何の疑問もなしに売りまくってしまう。

 そして、世界中のリスクを吸収しながら膨張し続けてきたリスクマネーは、いまや原油や穀物などの市場を荒らし回って、制御不能な状態に陥りつつあるように思える。

 金融商品取引法の施行によって、ファンドバブルの原因と言われてきた私募ファンドへの規制が本格化する。新しい法律によって投資ファンドの動きをどこまでコントロールできるのかは判らないが、市場の穴や歪(ひずみ)を狙って金儲けするのがリスクマネーの本質だとすれば、法律の「想定外」の問題がいずれ発生する可能性は高いだろう。そのたびに規制強化が行われ、企業はコンプライアンス体制の見直しに奔走させられることになる。

 この法的規制強化スパイラルに、どうしたら歯止めをかけることができるのだろうか―。ここに来てCSR(企業の社会的責任)を問う声が高まってきている。コンプライアンスだけに頼りすぎるのは、企業にとって自らの首を絞める行為であるとの自覚が必要になっているのかもしれない。

お問合せ・ご相談はこちら

「未来計画新聞」は、ジャーナリスト千葉利宏が開設した経済・産業情報の発信サイトです。

お気軽にお問合せください_

有限会社エフプランニング

住所

〒336-0926
さいたま市緑区東浦和

日本不動産ジャーナリスト会議の公式サイト

REJAニュースサイト

IT記者会の公式サイト