インターネットサービスプロバイダーのニフティから入会17周年の「ありがとうメール」が5月2日に届いた。顧客リストから自動的にメールを送信する仕組みができているのだろうが、受け取るたびに電子メールを使い始めた当時の忘れられない出来事を思い起こさせる。ちょうど17年前のゴールデンウィークの最中に、日本で初めてコンピューターウイルスに関する事件が新聞で大きく報じられた。その取材をしようと、初めての電子メールを富士通社長だった関澤義さんに送信した。
 写真:私が初めて電子メールを送信した日本語ワープロ「文豪ミニ7HG」(NEC製)

駆け出しの新聞記者として80年代に担当したIT業界には本当にお世話になった。私を最初にゴルフに誘ってくれたのは日本IBM元社長の椎名武雄さんだったし、パソコン通信を始めることになったのは富士通元社長の関澤義さんからのお誘いがあったからだった。

 「私のメールアドレスを教えるから、君もパソコン通信を始めてみないか?」―もともと通信畑出身の関澤さんは自らもパソコン通信を積極的に利用していてパソコン通信の良さを説いて回っていた。記者として広報と通さずに直接、企業トップと接触できるのは大きなメリット。関澤さんが投げたエサに釣られて、自宅で使っていたNEC製日本語ワープロ「文豪ミニ」でパソコン通信を始めることにしたのである。

 ちなみに私の在籍していた新聞社に日本語ワープロ(シャープ製書院)が導入されたのも1990年のこと。自分が書いた記事データはすべてフロッピーに記録して保存しており、以前に書院データをパソコンでも読めるようにテキストデータにも変換済み。手元には90年6月からの記事データが残っている。新聞社でもファイル転送による記事出稿システムの導入が始まるので、自宅でもパソコン通信を始めようと思ったのかもしれない。

 ニフティ(当時の社名はニフティ・サーブ)に入会した翌日だったと記憶している。朝日新聞が一面トップでコンピューターウイルスの記事を掲載したのだ。「シャープ製パソコン向けのコンピューターウイルスが発見された」という内容で、そのウイルス開発に富士通の技術者が関わっていたとある。

 すぐに新聞社からポケットベルで呼び出しがかかり、「すぐに事実関係を確認しろ!」との指示。ゴールデンウイークに入って、世間はすっかりお休みモードに入っていて、関係者と連絡を取ろうにも、会社の電話はもちろん通じない。夜回りなどで何人かの役員の自宅住所は知っていたので、直撃取材しようかとも思ったが、片道2時間もかけて出かけてもGW中で空振りする可能性が高い。

 そこで関澤さんに直接、事件の真相について話を聞こうと、初めてメールすることにした。ニフティ入会がすぐに役立ったわけで、関澤さんもパソコン通信に誘った記者からこんな形で電子メールによる取材を受けるとは予想していなかっただろう。しかし、送信してから4〜5時間後、何と返信メールが届いた。当時、盛んに言われていた「高度情報通信社会」の到来を実感する出来事だった。

 私が初めて電子メールを送信した日本語ワープロの同じ機種が義父の自宅に残っている。電源を入れると、しっかり動いて使うことができる状態だ。GWに女房の実家に帰省したときに撮影した。

 あれから17年―。確かにパソコンの機能は飛躍的に進化した。電子メールも人々の生活にとって無くてはならないツールとなっている。ただ、コミュニケーションの道具としては、資料や写真などのデータを添付しない限り、17年前の機能で別に困ることはない。むしろ、迷惑メールやコンピューターウイルスを送りつけられる方が困る。

 一時期、アップルコンピューターが、マッキントッシュなら、コンピューターウイルスの心配がないことをアピールするテレビCMを流していた。多少、機能が制約されても「病気に強く、安心して使えるパソコン」が出てこないものかと、17年前の日本語ワープロを見ながら考えた。

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