【永井坂】電子マネーとは何ぞや?(2007-04-09=月刊LASDEC2月号掲載)

 「電子化」=「ペーパーレス化」であるのなら、究極のターゲットとなるべき紙は『紙幣』である。2001年に政府がe-Japan戦略をスタートした当初から、電子化の大本命は『紙幣』であると考えてきたのだが、誰もそれを言い出さない。2003年のe-Japan戦略Uで重点7分野のひとつに「中小企業金融」が盛り込まれたものの、「紙幣をなくす」という単純明快な目標が掲げられることはなかった。

 『紙幣』で決済を行う以上、決済やそれに伴うモノのやり取りなどを記録するのは、やはり紙の領収書や伝票、納品書などが便利である。政治家への闇献金や役所の裏金づくりなども『紙幣』を使って領収書は作成しなければ記録に残ることはない。ある意味、非常にフレキシビリティが高い(?)決済手段ということができる。

 しかし、国税や地方税などの電子申告を普及しようとすれば、紙の領収書などの関係書類はどうしても邪魔になる。全ての決済が電子化されて、その記録が銀行やクレジット会社などに保存されて電子申告用データとして利用できるようになれば、領収書などの添付書類をなくすことができる。そこまで環境が整備されれば、電子申告という行為そのものをしなくても済むようになるかもしれない。

 果たして、そんな電子決済社会が到来するのか―。

 「自分が何にカネを支払ったかを何から何まで把握されるなんて真っ平ご免だ!」と思う人が大多数だろう。しかし、利用目的が明確になっているなら便利な使い方もある。例えば、急速に普及し始めた医療費のクレジットカード払いで、そのデータを医療費控除の電子申告に利用できるようになったら、どうだろう。年間通じて、せっせと診察費や薬代などの領収書を集めずに済み、誰もが便利だと思うのではないだろうか。

現金と電子マネーはどこが違う?

 「電子決済の利用環境はどこまで整備されてきているのか?」―Edy、Suicaなどの「電子マネー」や、QUICPay、iDなど小口クレジット決済サービスを利用した「おサイフケータイ」が本格普及すると見て、昨年6月頃に各方面を取材して回ったことがある。多くの企業に取材協力していただいたので、本来なら記事にしなければならないところだが、どうしても原稿がまとめられない。

 理由を聞けば「そんな詰まらないことで…」と呆れられてしまいそうだが、自分でも利用していながら「電子マネーとは何ぞや?」が理解できずに、頓挫してしまったのである。

 プリペイド方式の電子マネーは、テレホンカードなどのプリペイドカードの発展形のはず。昭和7年(1932年)の商品券取締法が、平成元年(1989年)に「前払式証票の規制等に関する法律」に全面改正され、電子マネーもこの法律が根拠になっていると理解していた。だから、JR東日本のSuicaカードに現金をチャージしたとき、”領収書”が発行されるにも別に違和感を覚えることもなかった。

 ところが、取材している過程で、ビットワレットのEdyでは、チャージしたときに領収書が発行されないことに気が付いた。理由を聞くと「お金で、お金を買っても領収書は発行されませんよね」との答え。「なるほど…」と思い、JR東日本に「Suicaで、新幹線のチケットを買ったら、領収書は発行されますか?」と聞くと、「チャージの時に領収書を発行しているので、もう領収書は発行しません」。同じ電子マネーでも、Suicaは従来の商品券的な扱いだが、Edyは現金そのものに近い扱われ方がされているということになる。

 では、電子マネーSuicaとの交換が可能になった大型家電量量販店、ビックカメラの「ビックポイント」は電子マネーになったのか。やはり電子マネーとは言えないようだが、ビックポイントで商品を買った場合でも「現金で買ったのと同じ領収書を発行します」という。

 「えっ、領収書って、現金による決済が行われたときだけに発行されるものじゃないの?」―すっかり私の頭は混乱してしまった。

ICTによって目指すべきイノベーションとは?

 もう国税庁に直接、聞くしかない。できるだけ具体的な内容の質問状を作成して、国税庁の広報担当者にお願いしたのだが、結局「取材には応じられません」と断られた。何を国税関係書類として認めるかは、「具体的な事例や要望が出てきた段階で総合的に判断する」ということらしい。航空券のチケットレス化に合わせて全日空が電子領収書の発行を始めようとしていたので、電子領収書が国税関係書類として認められる要件についても聞きたかったのだが回答は得られなかった。

 最後の頼みは”通貨の番人”日本銀行である。私が日銀記者クラブに在籍していた90年代初めに信用機構局という名称だった組織が、現在は「決済機構局」になっている。「日銀は電子マネーをどう考えているのか」「決済手段としての現金通貨の役割は今後どうなっていくのか」について取材を申し込んだのだが、「決まっていないことは何も話さないことぐらい、日銀クラブに在籍していたのなら、良くご存知のはずじゃないですか」と、こちらもあっさり断られてしまった。

 昨年9月に新たに発足した安倍政権は、その半年前に策定されたばかりの「IT新改革戦略」や「第3期科学技術基本計画」に加えて、2025年をターゲットにした戦略指針「イノベーション25」の策定を公約として打ち出した。2月末には最初の具体的な指針が公表される予定という。

 ものすごい勢いで進化しつづけるICTを最大限に生かしてイノベーションを実現しようとするなら、20年後であれば「紙幣をなくす」ことも、医療分野での「国民1人ワン電子カルテ」も十分に可能だろう。ただ、そんな目標を政府の戦略指針として掲げようとしたとたん、猛烈な反発が起こるのは火を見るよりも明らか。結局は当たり障りのない目標にならざるを得ないのではあるまいか。それが”イノベーション”であるかどうかは別として…。