【建設IT】公共工事CALS/EC不要論―10年間の投資は無駄ではなかったのか?(2007-01-27)

CALS/ECメッセ 「公共工事の生産性を上げるためにBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)を進めていく必要があるのではないでしょうか?」―(財)日本建設情報総合センター(JACIC)の主催で1月25日に開かれた「CALS/ECメッセ2007」での国土交通省幹部の話を聞いて、ようやく自分の間違いに気が付いた。国交省がCALS/ECへの取り組みをスタートして、すでに10年が経過。私自身もCALS/EC(公共事業支援統合情報システム)の実現は必要だと考えてきたのだが、「生産性の意識が乏しい役人主導によるCALS/EC投資は、無駄だったのではないのか?」

 ”ドッグイヤー”と言われるIT(情報技術)の世界で10年と言えば、劇的な変化をもたらすのに十分な時間である。しばらくCALS/ECの取材をしていなかったのだが、シンポジウムに参加して驚いた。”十年一日の如く”、相変わらず同じ議論が堂々巡りで行われていたからである。

 同シンポに参加した目的は、日経BP社のウェブサイトに掲載している「建設トレンドウォッチ」のネタ探しのため。役所や建設業界を強く批判するような記事では日経BPさんに迷惑をかけると思い、できるだけ前向きなネタを探しているのだが、話題は相変わらず官製談合事件やアパグループの耐震偽装問題などに集中している。

 そこで目先を変えて、1年前に国交省が策定したCALS/ECアクションプログラム2005を取材しようとシンポに参加したわけだ。国交省大臣官房技術調査課の笹森秀樹・建設技術調整官の講演では、「一歩先のCALS/ECを目指して」と題して「時間・空間を超えた情報の伝達・共有」を実現するためロードマップを策定する方針も示された。しかし、シンポを聞き終わって私の頭の中では「CALS/ECは本当に必要なのか?」との考えが駆け巡り、前向きに評価する記事を書くのは諦めるしかなかった。

BPRのために組織を見直す覚悟はあるか?

 CALS/ECの取り組みが始まった96年に私は建設省記者クラブの担当となり、それから10年間、その動向をウォッチしてきた。新聞社を退社したあとも、2001年11月に初めて実施された電子入札にも立ち会い、昨年はCALS/ECアクションプログラム2005の取材もした。しかし、国交省のCALS/EC担当者は、この10年間、ほぼ2年ごとに交代し、CALS/ECが抱える課題は先送りされ続けてきた。

 国交省として2回目の電子入札が東北地方整備局で行われたときも、わざわざ仙台まで行って取材したが、このとき1度で落札者が決まらず再入札となり、1件の入札が完了するのに2時間もかかった。当時から、再入札に備えて応札者がパソコンの前で待っていなければならないのは無駄と指摘されていたが、今回のシンポでも建設コンサルタンツ協会の代表が、全く同じ話をしていたので、5年経っても何ら問題が解決していないことが判った。

 さらに電子納品も、当時から「ただ情報を集めているだけで再利用されていない」と、税金の無駄使いが指摘されていた。これも、相変わらず何ら解決策が講じられていないことが明らかになっただけ。民間からは毎回、同じような改善要望が出されているのだが、地方整備局や地方自治体の現場での取り組みは遅々として前に進まないのである。

 なぜ、CALS/ECが目指すべき姿を実現できないのか―。

 出だしが悪かったわけではない。当初からCALS/ECの実現イメージは、情報の電子化、通信ネットワークの活用、情報の共有化によって社会資本のライフサイクルサポートを実現するという理想が明確に描かれていた。さすが優秀なキャリア官僚だけあって見事な青写真は出来ていたのだ。しかし、実現できなければ”絵に描いた餅”である。

 もし優秀な官僚がロードマップが実現するまでは何年かかっても腰を据えてCALS/EC担当を続けるのなら、実現の可能性もあるかもしれない。しかし、もともと役人は生産性向上とか、競争力強化といった意識が薄い(有り体に言えば”欠如”している)。そうした人たちがいくら「BPR」をお題目で唱えても、所詮BPRの中身が民間とは違っている。BPRを進めるために既存の組織や体制も抜本的に見直す覚悟があるのなら良いが、そうでないのなら投資するだけ無駄である。

発注者自ら「つくる」ためのシステムは必要か?

 未来計画新聞の1月5日付けで掲載したコラム「透明性の高い公共工事発注システムを構築するには?」でも、いまだに発注者が自ら建設構造物を「つくる」意識から脱皮できていないことを指摘した。これが官製談合を必要悪として認める考え方の根底にあるわけだが、CALS/ECも同じ。発注者自ら「つくる」ことを前提としたシステムなのである。

 リストラなどとは無縁な役所と、生き残り競争が激しくなるなかで少しでも生産性向上を図りたい民間企業が、ひとつのシステムを構築する。そのこと自体、無理があったのではあるまいか。10年も、そんな当たり前のことに気が付かなかったのは「反省!」である。さらに将来的に考えて、発注者自ら「つくる」ためのシステムが今後とも必要なのだろうか?

 民間側も、役所主導のCALS/ECが生産性向上に寄与するとは考えているわけではない。シンポの中で、CALS/ECに対応するために必要な費用を「発注者側に面倒見て欲しい」との発言が民間から相次いだ。そもそも生産性向上のためのシステム投資は生産者側が行うべきもの。投資を生産性向上で吸収し、拡大した利益を消費者に還元することはあっても、その費用を顧客に求めるなど聞いたことがない。つまり民間業者もCALS/ECに対応したところで、自らの生産性向上につながらないばかりか手間ばかり増えることが判っているから、発注者に費用負担を求めるのである。

 今回のシンポでは、日本土木工業協会が提案する「施工フェーズにおけるプロジェクト情報共有モデル」が興味深かった。発注者と受注者で共有データベースを構築する従来のCALS/ECの発想を捨て、発注者側のシステムと施工現場のシステムとを分離し、データ連携の標準化で対応しようという提案である。つまり官に付き合っていては、いつまで経っても生産性が上がらないので、民は民で独立してシステムを構築しようという発想なのだろう。

 この10年間で、公共工事を取り巻く環境も、ITの利用環境も、劇的に変化した。本当に役所主導で構築してきたCALS/ECは必要なのか?公共工事における官と民との役割分担を含めて考えてみるべき時期に来ていると思うのである。