【コラム】カネの使い方にも品格はあるのか?―2006年の格差議論を振り返って(2006-12-31)

 
 

カネの使い方は難しい―。ある意味、センスの良し悪しや品格までもが顕著に表れる。2006年は「格差社会」問題が大きくクローズアップされた。市場主義経済が続く以上、大きく成功するものがいる一方で、敗れて脱落していくものが出るのも仕方がないこと。いくら”再チャレンジ”しても、全員が成功するなどあり得ない話である。日本も着実に格差社会へ向かうなか、日本人は”格差”とどのように向き合って行くのだろうか―。

「嫉妬の経済」から「称賛の経済」へ

 「成功したものに嫉妬する『嫉妬の経済』をやめ、成功した者を褒め称え自分も成功すべく努力する『称賛の経済』に向かって、日本人は心の持ち方を変えていく必要がある。それができなければ、日本は世界の中で尊敬される国にはなれない」―06年5月、日本経団連の初代会長を退く最後の記者会見で、奥田碩トヨタ自動車取締役相談役は、そんなメッセージを残した。

 奥田さんは1995年8月にトヨタ自動車社長に就任して以来、トヨタ自動車の世界的な成功を成し遂げた偉大な経営者である。社長就任当時、自動車担当記者だった私は新車発表会などで奥田さんと話をする機会が随分あったが、バブル崩壊後の不良債権問題で、こんなやり取りをしたのが印象に残っている。

 「いま注目されている第2地銀、兵庫銀行(現・みなと銀行)の経営問題ですが、兵庫銀行の総預金量は約2兆円。”トヨタ銀行”とも言われるトヨタ自動車の現預金残高はそれを上回っていますよね」
 「君、そんなことを言うもんじゃない!」と、厳しい顔でたしなめる奥田さんに、「それだけの資金をトヨタはどう使おうとしているのですか?ただ、貯め込んでいるだけじゃ、日本を代表する企業として問題があるのではないですか?」と、私も随分、生意気なことを言わせてもらった。
 「君の言いたいことは判った。考えてみる」―奥田さんはそう答えてくれた。

 95年には現預金高が約2兆円だったトヨタも、2007年3月期の連結決算では営業利益だけで2兆2000億円を達成する見通しで、いまや世界最大の自動車メーカーの座も射程内に入ってきた。バブル崩壊後、失われた10年をものともせずにトヨタは成長・発展を遂げてきたわけで、奥田さんとしても「称賛されるべき成功」との自負があったのだろう。

 しかし、多くの人がその成功を称賛するかどうかは、残念ながら別問題であるように思える。例え表向きには称賛していても、成功者に対して大多数の人が嫉妬するのは仕方がないことだろう。そうした嫉妬に対して、成功したものが、どう立ち振る舞うかが重要なのではないだろうか。

マイクロソフトの経営からビル・ゲイツ氏が引退へ

 奥田さんが日本経団連会長を引退した1カ月後の6月、世界最大の資産家と言われる米マイクロソフト会長のビル・ゲイツ氏が突然の引退を発表した。2年後の2008年には完全にマイクロソフトの経営から手を引き、ビル・ゲイツ財団などを通じて『篤志家(とくしか)』として活動していくことを表明。これまでも世界的な災害への多額の寄付などを積極的に行っていたのは知られているが、今後は慈善活動を本格化することになる。

 かつて世界のコンピューター市場を席巻していた”ビッグブルー”こと米IBMを、80年代後半に私はコンピューター担当記者として取材していた。IBM産業スパイ事件で日立製作所の社員がFBIのおとり捜査で逮捕され、富士通もコンピュータープログラムの著作権を巡ってIBMと国際仲裁機関で血みどろの戦いを展開していた時期である。そんな頃、日本IBMの広報幹部から聞いた話が強く印象に残っている。

 「IBMは、もちろん米国でも有名な企業だけど、世界最大のコンピューターメーカーとしてではなく、米国社会では最も多額の寄付を行う社会貢献企業としての方が良く知られている」
 当時、日本を完全に敵に回していたIBMとしては多少PR的なメッセージが含まれていたかもしれない。しかし、日本では企業の社会貢献活動への取り組みが始まったばかりの頃だっただけに、世界で最も成功した企業が母国のアメリカ社会に対してどう向き合っているかを垣間見る思いだった。

 だが、その頃、IBMとの死闘を続けていた富士通の山本卓眞社長(当時)は、そうした米国企業の考え方にも強く反発していた。米国政府の横槍りで、老舗半導体企業フェアチャイルドの買収計画が頓挫した直後にインタビューした時、こんな発言が飛び出した。かなり過激な内容で当時は記事にできなかったが、発言を租借するとこうなる。

 「米国は日本に対して何かと言えば『フェア(公正・公平)でない』と言うが、彼らのキリスト教的な考え方に基づくチャリティ(慈善)文化こそ、格差を背景にしたもの。日本の人本主義の方が、よほどフェア(平等)ではないのか」。
 当時「世界で最も成功した社会主義国」とも言われたほど、日本では政府が企業や富裕層から富を吸い上げて平等に配分するシステムが機能し、”一億総中流社会”を実現していた。それを山本さんは、日本が世界に誇る「人本主義」と表現した。

 しかし、バブル崩壊とともに、山本さんの言う人本主義は行き詰ってしまったのは確かだろう。いまや日本は800兆円とも言われる財政赤字を抱え、北海道夕張市のように地方自治体の財政破綻も現実のものとなった。今後は、トヨタやキヤノンなど民間企業の国際競争力を強化することで、日本の経済成長を持続していく必要があると考えられている。

成功は必ず称賛に値するのか?

 2006年は年明け早々に、新しい世代の成功者として脚光を浴びていたライブドア社長の堀江隆文氏が粉飾決算疑惑で逮捕され、”モノ言う株主”として急成長していた村上ファンドの村上世彰氏も、インサイダー疑惑で表舞台から去った。両氏とも、成功者の証である六本木ヒルズ(2003年完成)に本社を構え、”ヒルズ族”と呼ばれて世間からの羨望を集めてきたが、その挫折に対する日本社会の反応は冷ややかだった。

 「株式を100分割すると聞いたとき、堀江さんはIT企業の経営者ではなくなったと思った」。以前から、そうした評価もIT業界などから随分聞こえていた。それでも、小泉前政権時代に自民党が衆議院選挙に堀江さんを担ぎ出したように、多くの人たちは堀江さんを成功者として称賛していたように思う。それが疑惑をきっかけに手のひらを返したようになるのは、もともと「称賛」と「嫉妬」が表裏一体だからではないだろうか。

 欧米社会の実態について知っているわけではないが、彼らの経済が必ずしも「称賛」だけで動いているようにも思えない。そうでなければ、欧米の成功者たちが慈善活動や社会貢献活動にあれだけ積極的に取り組む理由を私は理解できない。そんな嫉妬する心の持ち方を、トヨタの奥田さんは変えるべきだと言っているのだろうが、経済的な成功者たちが称賛されるべきとは、どうしても考えられないのである。

 日本が「称賛の経済」へと向かうにはどうすればよいのか―。もちろんIBMやビル・ゲイツ氏を見習えば良いというつもりはないが、やはり称賛を得られるような「カネの使い方」を考える必要はあるのではないだろうか。これまでは富士通の山本さんの言う人本主義が機能し、公共的・社会的な役割は全て官が担ってきたために、称賛される「カネの使い方」に日本の成功者たちは無頓着だったかもしれない。

 成功したものがそれで得たカネをどう使うのかを、”格差社会”に喘ぐ嫉妬深い人々はじっと見ているのである。成功で得られたカネが全て、成功したことに対する”ご褒美”で、金儲けのためには好き勝手に使って良いと考えるのは、これからの格差社会においては「嫉妬」を増長させるだけであるように思う。

 トヨタも、初代の故・豊田佐吉氏が紡織機械で企業発展の礎を築き、2代目の故・喜一郎氏が立ち上げた自動車事業で大成功。さらに3代目の章一郎氏(トヨタ自動車取締役名誉会長)も新たに住宅事業を興し、貪欲に事業拡大に取り組んできた。ただ、市場規模がいくら大きいからと言って、大工などの職人たちが長い歴史・文化の中で築いてきた住宅市場に、今さらトヨタほどの大企業が巨額のカネを使って参入しなければならない必然性があったのか。ミサワホームを傘下に収め、いずれは住宅事業でも成功を収めるのだろうが、その成功が称賛されるかどうかは甚だ疑問であるように思うのである。