経済記者という商売柄、いろいろな企業の決算書を読んできた。日本では、圧倒的に3月期決算のところが多いため、5月に発表が集中する。東京証券取引所にある記者クラブ(通称・兜クラブ)には連日、多くの決算書が持ち込れ、記者たちは資料の山に埋もれながら、数字と格闘する日々を送ることになる。
 90年代前半に金融機関の担当だったころは、まだ都市銀行11行、長期信用銀行3行と大手銀行だけで14行もあった。これに地方銀行最大手の横浜銀行が加わった15行が、示し合わせたように同じ日に決算発表を行うのである。
 各行とも午前中に決算取締役会を行って、日銀記者クラブで発表が始まるのは午後1時から。それから20分刻みで、15行の決算発表が行われ、終了するのは休憩時間10分を入れて午後6時過ぎ。翌日の朝刊早版に間に合わせるには、2−3時間で記事を書き上げなければならならないハードスケジュールだった。
 当時は金融行政も護送船団方式で、銀行の決算はどこも似たりよったりの処理がされていた。加えて、15行の決算を同じ日に集中されては、十分な取材や分析ができるはずもない。すでにバブル崩壊で金融機関の不良債権額が注目され始めていたが、決算書などの開示情報だけでは実態を掴むのは非常に困難で、自分の取材力不足を思い知らされた。
決算書では見えなかった道路4公団の経営実態
 金融機関の決算発表以上に驚かされたのが、96年6月に建設省(現・国土交通省)記者クラブに着任早々に手にした旧・日本道路公団の94年度決算書だった。ちょうど通常国会の決算委員会で承認された決算書がようやく公表されることになり、記者発表資料だけが、クラブの資料投函ボックスに放り込まれていたのである。
 そんな事情を知らずに資料を開くと、一般企業のものとは異なる形式で書かれているため、どう読んだら良いのかが判らない。ふと、記者クラブの棚を見ると、前任者が残していた94年度の予算書の資料(実に約3年前の93年8月に公表されていたもの)があった。
 「予算書と決算書を比較すれば、多少は内容を読み解くことができるかもしれない」―そう思って、両方の資料を付き合わせた時、思わず「なんじゃ、こりゃ!」と、声を上げてしまった。
 予算書と決算書で「科目」が異なっていたのである。すぐに日本道路公団に説明を求めたのだが、予算書の「科目」が決算書のどの「科目」に相当するのか、全く要領を得ない。予算書と「科目」を合わせた決算書をつくってほしいと依頼したが、「国会で承認された以外の資料は公表できない」の一点張り。最後に「財務部門には、そのような要望があったことを伝えておきます」との一言で、電話は切られてしまった。
 「情報開示」は、上場企業はもちろん、公的役割を担っている金融機関、さらに日本道路公団などの公益法人であれば、なおさら高い透明性が求められるはずである。それにも関わらず十分な情報開示が行われないと、記者心理として「何か、悪いことを隠しているのではないか?」と疑念を抱くのも当然だろう。
 金融機関の不良債権額は、バブル崩壊直後から100兆円との試算が飛び交っていたものの、情報開示されないままに問題は先送りされてきた。結局、不良債権処理が本格化したのは、97年に山一證券や北海道拓殖銀行が経営破たんしてから。98年8月に大蔵省から金融監督庁(現・金融庁)が分離され、ようやく実態解明が進み出した。
 道路4公団の財政状況も、90年代から危険な状態にあると言われ続けながら、道路建設に歯止めをかけることができなかった。結局、実情が国民に明らかにされたのは、2001年に道路4公団の民営化が決定し、民営化推進委員会によって情報開示が一気に進んでからである。
地方自治体の財政再建をどう進めるのか
 北海道夕張市がこのほど自主再建を断念し、財政再建団体の申請を行うことを表明した。いまや多くの地方自治体で財政状況が厳しいことは周知の事実であり、かつて「炭鉱の町」として栄えた夕張市も苦しい状況に追い込まれていたと想像は付く。それでも、今回の財政破たんは唐突な印象が否めない。
 果たして地方自治体は、住民に対して十分な情報開示を行ってきたのだろうか?
 企業であれ、家計であれ、地方自治体であれ、経済的な営みを続けていく以上、基盤となるのは「財務会計」である。企業会計は従来から複式簿記が採用されてきたが、バブル崩壊後、透明性を一段と高めるため、連結会計や減損会計制度が導入され、情報開示も四半期決算が義務付けられるなど大幅に強化されてきた。
 地方自治体でも90年代に入って従来の単式簿記・現金主義の財務会計制度の問題点が指摘されるようになったが、複式簿記・発生主義の導入に向けた取り組みが始まったのが2001年から。企業会計に比べると、公会計の改革スピードは遅すぎると言わざるを得ない。
 今後、夕張市に次いで財政破たんする地方自治体が続出するとの観測も散見される。平成の市町村大合併のよる延命効果がどこまで発揮されるかだが、急激な少子高齢化であまり期待はできないかもしれない。いずれ抜本的な財政再建に取り組まざるを得なくなる可能性は高い。
 そのときに重要なのは、財務会計の実態を正確に把握することと、住民への情報開示だろう。ただ、金融機関の不良債権処理や道路4公団の民営化のケースを見ても、当事者が自ら率先して改革を推進できたわけではない。
 「この際、自主再建にこだわらずに財政破たんしたうえで、抜本的な対策を講じた方が良いのでは?」―そんな無責任な考えも頭を過ぎるのである。

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