新しい不動産登記法が3月7日に施行された。従来の書面申請に加えて、インターネットを使ったオンライン申請の導入が始まることになる。第1号のオンライン庁(オンライン申請が可能な登記所)にはさいたま地方法務局上尾出張所が指定され、2005年度中には約100庁が順次指定される予定だ。新不動産登記法(以下、新法)が不動産取引・仲介業務にどのような影響を及ぼすのか?改めて検証してみる。
 新法は、昨年6月の通常国会で成立、公布されたあと、今年3月の施行に向けて政省令・規則の整備、オンライン申請のためのシステム開発などの準備が進められてきた。約9カ月間の猶予期間が設けられたとは言え、明治時代以来、100年振りの大改正と言われるほどの抜本的な見直しが行われただけに、不動産登記の実務を担ってきた司法書士からは戸惑いの声が相次いでいる。
 そうは言っても、不動産業者の立場からは、新法施行の影響をまだあまり実感していないかもしれない。オンライン庁も上尾出張所が指定されただけで、ほとんどの登記所はオンライン申請に対応していない“オンライン未指定庁”である。法改正による現場の混乱を避けるために、従来と同じ手続きで申請を受け付ける経過措置が取られ、オンライン未指定庁では紙の登記済証も交付され続けているからだ。
 問題は、所管の登記所がオンライン未指定庁から、オンライン庁に切り替わったあとである。新法は、オンライン申請を前提とした業務処理フローに対応できるように見直しが実施されており、オンライン庁に切り替わった時点で新法を適用した登記申請が本格的に始まるからである。
 確かに、オンライン申請による受け付けが始まれば、書面申請とオンライン申請で審査の手続きや手順が異なるのでは登記所の手間や労力が大きく増えることになりかねない。申請は書面とオンラインの両方で受け付けるにしても、書面データをコンピュータに入力したあとの審査業務は同じになるように見直しが進んでいく方向だろう。
 政府が推進する行政手続のオンライン化も、建て前は書面申請と電子申請は区別されないことになっているが、本音はオンライン化を積極的に促進する立場にある。新法施行に伴う不動産取引・仲介業務への影響が出てくるのも、管轄登記所がオンライン庁に切り替わっていくスピードが鍵を握っているのである。
 政府のIT戦略本部が2月24日に決定した「IT政策パッケージ−2005」では、不動産登記のオンライン化の普及目標が正式決定された。それによると全国の登記所が全てオンライン庁になる時期は「2008年度の出来るだけ早い時期」となった。05年度中に100庁を指定したあと、06、07年度の2年間でほぼ切り替えを終えようというスケジュールである。法務省では、登記簿そのものの磁気ディスク化する作業を進めており、07年度には登記簿の電子化もほぼ完了する計画であることから、登記簿の電子化とオンライン庁への切り替えを並行して進めていることになる。
 さらにIT政策パッケージ−2005では、添付書類のオンライン化も打ち出された。オンライン申請では、手続きそのものはオンライン化されても、いわゆる「添付書類」は別途郵送しなければならず、「オンライン化しても利便性が高まっていない」との批判が強い。
 すでに今年4月には、e−文書法(正式には「民間事業者等が行う書面の保存などにおける情報通信の技術の利用に関する法律」)が施行されて、書面データをスキャナで読み取って取り扱うことが原則として認められるようになった。これを受けて、紙で作成された「添付書類」もスキャナで読み取って送付できるようにする措置が検討されており、登記手続に関しては今年8月までには基本方針を決定して、法改正が伴わない措置は06年3月までに実施することも決まっている。
 司法書士がオンラインによる代理申請を行う上でネックとなっていた顧客の電子証明書の有効性を司法書士が直接確認できない問題も、05年度末までに法改正して解決することがIT政策パッケージにも盛り込まれた。
 オンライン庁への切り替え、添付書類のオンライン化、司法書士による電子証明書確認―これらの施策が出揃ってくるスケジュールから判断すると、オンライン登記が本格的に動き出すのは06年度からと考えて良いかもしれない。しかし、すでに新法が施行されたことで、書面申請による手続きにも様々な影響が出始めている、との指摘もある。不動産登記が大きな過渡期を迎えていることは間違いなく、登記の正確性を担保しながらIT化に対応した不動産取引・仲介業務をどのように確立していくか、本腰を入れて議論していく必要があるだろう。
 新・不動産登記法によって、何が変わったのか?新法の基本的な考え方を踏まえたうえで、新たに導入された手続きや廃止される手続きなどの変更点を中心に整理してみる。
【不動産登記法改正の目的は?】
 日本の経済・社会において急速に進みつつあるIT化に対応するため、不動産登記や登記事項証明書の請求などの手続きでも、従来の書面による申請に加えて、インターネットを使ったオンライン申請を可能にした。
 これまでの手続きは、登記権利者、登記義務者、もしくは司法書士などの資格者代理人が登記所に直接「出頭」し、「書面」による登記申請書を提出、登記が完了すると紙の「登記済証」が交付されるという流れである。しかし、オンラインだけで手続きを完了できるようにするには、登記所に直接出向く「出頭」主義は維持できなくなり、紙で作成された「書面」以外の申請も認め、「登記済証」も直接受け渡しすることができなくなる。これまで不動産登記の原則と考えられてきた点を全て変更する必要に迫られたわけである。
【出頭主義の廃止】
 オンライン申請を可能にするため、まず登記所への「出頭」主義の廃止が必要となった。必然的に書面申請の場合においても出頭主義の廃止が適用されることになり、書面の申請書を郵送(書留郵便)することも新法では認められている。
 オンライン申請では、一般的に電子データが役所の電子申請受付システムに到達した時点で「申請を受け付けた」との扱いになるが、郵送の場合も郵便が登記所の窓口に配達された時点で同様の扱いとなる。もし、利用する場合には、郵便局での投函から配達までのタイムラグを考慮する必要がある。
【登記済証の廃止】
 登記済証は、次に登記申請を行うときに登記名義人の本人確認を行うものとして交付されてきた書面である。これを紙のまま残してしまうと本人確認するときに「出頭」して提出せざるを得なくなり、結果としてオンライン申請が困難になってしまう。書面、オンラインのどちらの申請にも対応できるようにするには、登記済証そのものを廃止せざるを得ず、代わりに「登記識別情報」が導入されることになった。
 加えて、登記の完了を証明する「登記完了証」が通知される。登記済証には、登記が完了したことを証明する役割もあったためで、書面申請の場合は書面による登記完了証で、オンライン申請の場合は電子データでそれぞれ通知される。書面による登記完了証は、一見すると登記済証の代わりになりそうだが、登記申請時に添付の必要がないなど登記済証とは明らかに性格が違うので、取り扱いには十分な注意が必要だ。
 経過措置として、オンライン未指定庁では、従来どおりに登記済証の交付も行われる。対象物件が登記される地域によって登記済証が交付される場合とそうでない場合があることを、不動産業者も顧客に対して説明できるようにしておく必要がありそうだ。
【登記識別情報とは?】
 登記識別情報は、アラビア数字やその他の記号の組み合わせからなる12けたの符号で、いわゆる暗証番号、パスワードと同じ、本人確認手段の一つである。登記済証と同様に登記名義人本人だけに渡されるもので、書面申請された案件に対しては、紙の通知書の登記識別情報を記載した部分に目隠しシールを張ったもので通知。オンライン申請された案件には、登記識別情報を暗号化したものを、申請人が法務省のサーバーからダウンロードする方法で通知する。
 登記識別情報は、登記済証の代わりとして導入されたわけだが、その取り扱いにおいては様々な違いが生じることになる。紙として取り扱えば良かった登記済証と、データとして扱わなければならない登記識別情報の差異を認識することが重要と言える。
<登記識別情報の管理方法>
 紙とデータの最大の違いは、データは中身を見られたり、コピーされたりしただけで「盗まれた」と同じになってしまうこと。このため登記識別情報の通知書の目隠しシールは、貼り直しができない特殊なもので、一度でもシールを剥がすと痕跡が残る工夫が施された。
 この通知書を管理するのに、登記名義人自身もシールを剥がさないまま金庫などに保管しておけば、データだけを盗まれる心配はなくなり、登記済書と同じ感覚で管理することもできる。ただ、本人も登記識別情報を全く知らないと、通知書を偽造されてすり替えられても本物かどうかを自分でも判断できない危険がある。
 シールを剥がしたあとの管理方法は、データだけを盗まれないようにするため、再び通知書を封筒に入れて封印した上で、金庫などに保管する方法が考えられる。電子データで登記識別情報を通知された場合も、コピーや消失を防止するセキュリティ対策が難しいようであれば、一度、プリントアウトして、通知書と同様に封筒に入れて封印、保管する方法が有効だろう。登記識別情報の管理方法については、司法書士や不動産業者などでガイドラインを作って顧客に示していく必要もありそうだ。
<登記識別情報の提出方法>
 登記識別情報を登記所に提出する場合も、取り扱いには注意を要する。登記手続きの途中で登記識別情報が漏えいしないようにするため、書面申請の場合は登記名義人が登記識別情報を記入した紙を封筒に入れて封印し、封筒に表書きしたものを用意して登記所に提出しなければならないとされている。
 オンライン申請の場合は、登記名義人が、登記所が公開している電子認証の公開鍵(注)を入手して登記識別情報を暗号化した上で、直接送付することでセキュリティを確保する。司法書士による代理申請の場合は、現時点では登記識別情報を司法書士には開示する必要が生じる。
 もし、司法書士にも登記識別情報を開示したくない場合は、登記名義人が登記所の公開鍵で暗号化したものを、さらに登記名義人が利用している電子認証の秘密鍵(注)で暗号化し、電子証明書(注)を付けて司法書士に送付。司法書士は、登記名義人の公開鍵で一度開封したうえで、日本司法書士会連合会が提供する電子認証の秘密鍵で再び暗号化したものを登記所に送付するという流れになる。
 しかし、個人が不動産登記や電子申告などの公的手続きに利用する電子認証「公的個人認証サービス」は、電子証明書が正しいかどうかを電子認証局に照会・確認できるのは原則として公的機関に限られている。このため司法書士が受け取った不動産識別情報が、登録名義人のものであるかどうかを司法書士自身が確認できないという問題が生じている。このため、05年度末に向けて司法書士が利用可能にする法改正の準備が進められている。
注)
秘密鍵と公開鍵
:人の顔を直接見ることができないネットワーク上で、送付されてきた文書が本当に相手から送られてきたかどうか、本人確認を行うための仕組みで、公開鍵暗号方式に基づく情報セキュリティ基盤(PKI=Public Key Infrastructure)と呼ばれる。秘密鍵と呼ばれる暗号ソフト(電子的な印鑑に相当)を作成して、それと対になる公開鍵の暗号ソフト(印鑑で作成した印影に相当)を生成して、公開鍵だけを電子認証局に提出・登録して電子証明書(印鑑証明書に相当)の交付を受ける。秘密鍵で暗号化した文書は、公開鍵を使って元の文書に復号でき、公開鍵で暗号化した文書は、秘密鍵の所有者しか復号できない仕組み。
 暗号鍵の機能は大きく分けて2つある。Aさんが自分の秘密鍵で文書を暗号化し、電子証明書を添えてBさんに送付する場合。Bさんは電子証明書がAさんのものかどうかを電子認証局に照会して電子証明書が有効であることを確認して、電子証明書に添付されているAさんの公開鍵を使って文書を復号する。これによってBさんは、受け取った文書が確かにAさんが作成・送付した文書であることを確認できる。
 AさんがBさんが公開している公開鍵を使って文書を暗号化してBさんに文書を送付する場合。この文書はBさんが管理する秘密鍵でしか復号できないので、機密が確実に守られる。2重に鍵をかけて送付すれば、本人確認と機密保持が同時に実現できる仕組みだ。
<登記識別情報の有効性確認>
 登記済証の場合、偽造されていないかどうかは登記済証の現物を詳細に調べれば確認することもできたが、登記識別情報の場合、本当に正しいかどうかの確認が非常に困難になる。例えば、不動産物件の売却依頼があった場合、登記事項証明書を取り寄せ、登記済証を確認すれば、売主が不動産物件の所有者であるかどうかを確認できた。しかし、登記識別情報はデータそのものなので、不動産業者も「ちょっと見せてください」と言うわけにはいかなくなるし、見せてもらっても正しいかどうかを判断できない。
 そこで、新たに導入されたのが、登記識別情報に関する有効証明制度。登記名義人が、自分が所有している登記識別情報が正しいことを登記所に証明してもらう制度で、登記名義人もしくは代理人が申請して証明(書面または電子データ)の交付を受ける。不動産業者としては、この証明を見せてもらうことで、顧客が持っている登記識別情報が正しいかどうかを確認することになる。有効証明の交付手数料は一件三百円。
 現在の有効証明交付システムは、登記識別情報を1件ずつ申請しなければならないが、企業が複数の土地をまとめて取り扱う場合、1件ずつでは使い勝手が悪いとの声があり、法務省では05年度末までにシステム改修を行う予定だ。
<登記識別情報の失効の申し出>
 新たに導入された制度に、登記識別情報を最初から受け取らない登記識別情報の失効の申し出がある。先に解説したように“データ”だけを管理するのが難しいために、登記識別情報以外の別の本人確認手段を充実することで、登記識別情報を最初の時点で失効してしまう選択肢が設けられた。
 オンライン未指定庁で交付される紙の登記済証でも同様に、最初に受け取らないという失効の申し出ができるようになった。国や地方公共団体、大手企業など登記済証による本人確認の必要のない団体などで便利かもしれない。不動産登記の申請書にも、登記識別情報、または登記済証を受け取るかどうかの「意思確認」を行う項目が新たに設けられ、申請時にチェックしなければならなくなった。
 不動産業者でも、登記識別情報の管理方法や失効申し出の制度について顧客に説明し、「意思確認」をキチンと取っておくことが必要だろう。あとになって、顧客から「やっぱり登記識別情報がほしい」とか、「管理するのが面倒だから処分してほしい」と言われても、再発行も、途中での失効も認められていない。意思確認の証拠を残しておかないと、トラブルになる可能性も考えられるので、対策を講じておく必要がありそうだ。
【保証書の廃止と新しい本人確認手段】
 新法では、登記識別情報や登記済証を受け取らないという選択肢が新たに設けられたことで、本人確認の手段を充実する措置が取られた。原則として、登記識別情報または登記済証が提出できない場合には、「事前通知手続」で本人確認が行われる。
 事前通知手続は、登記名義人の住所に日本郵政公社が提供している「本人限定受取郵便」を使って通知を行うもの。本人限定受取郵便は、身分証明書の提示などによって本人確認を行って直接本人に手渡すシステムで、本人の家族であっても受け取ることができない。また、住所が勝手に移転されている可能性を考慮して移転前の住所にも事前通知を行って確認する仕組みだ。
 しかし、事前通知手続は、登記申請が行われてから登記所が行うために、登記申請から事前通知手続による本人確認を行うまでに2−3日のタイムラグが生じることになる。パウロニア司法・調査士法人代表で司法書士の相馬計二氏も「売買や融資などの同時決済を伴う場合には使えないのではないか?」と指摘する。
 登記申請そのものは、受け付けられた時点で正式に受理されたことになるので登記の順位を保全することは可能だが、数日後に「本人確認ができない」との理由で却下されてしまう危険があれば、同時決済は事実上、不可能になってしまう。登記の大前提となる本人確認は、申請した時点で確定しておく必要があるというわけだ。
 これまでも登記済証が提出されない場合の本人確認の手段として、紙の「保証書」を提出する方法もあった。本人確認を第三者が保証する制度だが、保証人には申請手続きを代行する業務を通じて登記名義人の本人確認が可能な司法書士がなるケースがほとんどだった。従来も保証書があれば登記申請の時点で本人確認の問題がほぼ解決され、同時決済による取引が行われてきた。
 ただ、オンライン申請には、紙の「保証書」のままで対応できない。保証人のほとんどが、司法書士などの資格者代理人であったとの実態も踏まえて、新法では保証書制度を廃止して、資格者代理人が提供する書面または電子データによる「本人確認情報」によって事前通知手続を省略できる制度が導入された。司法書士による本人確認制度と呼べるものである。
 この制度を利用する場合には、登記申請手続きを行う前に、司法書士が登記名義人と直接面談して本人確認を行うなどの調査が必要になる。司法書士による本人確認がどのように行われ、時間もどの程度かかるかにもよるが、不動産業者も、売主である登録名義人が登記識別情報または登記済証を提出できるかどうかを事前に確認。提出できない場合には同時決済・登記申請の日時を考慮して、司法書士に本人確認を依頼して登記名義人との面談をセッティング、同時決済の日までに「本人確認情報」を用意しておくなどの対応が必要になる。
【登記原因証明情報などの添付情報】
 新法では、登記申請が行われる原因となった情報として「登記原因証明情報」を提供することが必須化された。具体的には、売買による移転登記の場合は売買契約書など、土地の地目が変更になった場合は都道府県知事の許可書など、建物が取り壊した場合は取り壊した工事請負人の証明書など、贈与の場合は贈与契約書など、法定相続の場合は戸籍謄本などである。
 これまでも不動産売買に伴う権利登記の手続きでは、登記原因証書を提供する必要があった。しかし、様式などの問題もあって司法書士が作成した登記申請書の副本が使用され、この副本に、登記所が「登記済」の判を捺して、新しい登記名義人に登記済証として交付されてきた。
 新法では、オンライン庁から登記済証が廃止されるため、基本的には売買契約書を登記原因証明情報として提供しなければならなくなる。これまで登記申請書の副本の作成は司法書士がほとんど行ってきたが、売買契約書に基づく登記原因証明情報の作成は、誰が行うのか?売買契約書の作成は、不動産仲介業者の役割だったことを考えれば、売買契約書に基づく登記原因証明情報の作成も不動産仲介業者が行うようになるかもしれない。
 売買契約書は、全国宅地建物取引業協会連合会などが標準書式を作成し、これを不動産業者がダウンロードして使用しているケースが多いだろう。標準契約書をそのままプリントアウトして空欄部分は手書きで記入するか、標準書式にパソコン上で必要事項を全て記入したうえでプリントアウトするか、使い方はそれぞれ異なるかもしれないが、契約書作成の電算化も進んできている。
 法務省では、売買契約における登記原因証明情報として、具体的に「売買契約書」、「売買契約書の写しに売主が記名押印したもの」、「登記原因を記載した報告書に売主が記名押印したもの」の3つを挙げている。
 通常、売買契約書は、売主用、買主用の2通のみが作成されるので、うち1通を登記申請の時に添付すれば良いことになる。しかし、新法では「原本還付」が原則として認められない方向となっており、契約書の正本を添付した場合、登記が完了しても契約書が返還されない可能性もある。
 東京司法書士会が東京法務局に問い合わせた中には、「印鑑証明書の原本還付は認められない」との見解も出てきた。「不動産登記の実務から見て、原本還付されないのは大きな問題だ」と相馬氏も指摘するように、原本還付の取り扱いは今後も議論を呼ぶことになりそうだが、取り扱いがはっきりするまでは慎重に対応するしかないだろう。
 登記原因証明情報として、売買契約書そのものは使いづらいとなると、やはり「売買契約書の写しに売主が記名押印したもの」などを作成する必要がある。売買契約が成立した時点で、売買契約書のコピーを取り、写しであることを確認してもらったあと、売主に記名押印してもらうという手続きが加わることになるだろう。
 オンライン申請の場合はどうなるか?不動産登記関係の添付ファイルとして認められたものは、現時点では「PDFファイルに電子署名を添付したもの(拡張子は.pdf)」、「ビットマップイメージファイル(.bmp)」の2種類だけ。文書データはPDFファイルに、地図や図面などはビットマップファイルにして提出することを想定したようだ。
 売買契約書は、現状では紙で作成され、売主、買主、不動産仲介業者、宅地建物取引主任者がそれぞれ記名押印している。これを電子データに変換するには、スキャナで読み取るしかないわけだが、法務省がホームページで公開している電子申請のマニュアルでは4月8日の時点ではスキャナの使用について触れられていない。解像度やカラー階調なども指定されておらず、どの程度の電子データを作成すれば良いのかはまだ不明だ。
 もし、スキャナの使用が認められないのなら、パソコン上で作成した売買契約書を手書きによる売主、買主などの記名押印がない状態でPDFファイルに変換し、売主の電子署名を添付する方法しかない。しかし、関係者の記名押印なしで、売買契約書のデータとして認められるかどうかも、現段階では不明な部分だ。
 最後に、売買契約書そのものを電子契約にする方法がある。ただし、現在の宅地建物取引業法では、契約書は紙で作成しなければならず、電子契約は認められていない。しかし、電子契約であれば印紙税がかからなくなるため、顧客にとってもメリットはある。
 電子契約は、インターネットで行うというイメージが強いが、不動産売買契約では、売主、買主が顔を会わせることに意義もあるので、1台のパソコン上で顔を合わせながら電子契約するというやり方もあるかもしれない。将来的には不動産会社、金融機関、司法書士が組んで、電子契約、電子決済、オンライン登記までの一連の業務を行える「不動産仲介統合システム」のようなものが開発される可能性も考えられるが、宅建業法が改正されるかどうかにかかっている。
 もし電子契約が導入された場合、仲介業者や宅建主任が資格者としての電子署名・電子証明書を持っていないことが問題になることが考えられる。不動産登記のオンライン申請を行う大前提は、登記権利者と登記義務者、つまり買主と売主がともに電子署名・電子証明書を取得していることで、電子署名が必要な電子契約にも売主、買主は対応できる。
 仲介業者や宅建主任も、公的個人認証などの電子署名・電子証明書を取得していれば、電子署名することはできるが、資格者であることの証明はできない。司法書士や税理士などは資格者であることを証明する電子署名・電子証明書の仕組みをすでに構築済みで、代理申請に対応できる体制を整えており、仲介業者や宅建主任も資格者として電子契約に関与できる体制を整えておく必要がある。
 新・不動産登記法は、実務面で様々な波紋を広げている。オンライン庁に切り替わるまでの制度移行期において、しばらくは混乱が続くことも予想される。新法の解釈をめぐって、いろいろな疑問も湧きあがっており、それらをどう解決していくかは不動産業者にとっても避けられない問題だ。
 まず、司法書士の相馬計二氏が指摘する原本還付の問題への対応をどうするか?具体的な事例として挙げられている印鑑証明書の原本還付が今後は認められなくなると、印鑑証明書を取得しなければならない枚数も大幅に増えてコストアップにつながりかねない。
 全国銀行協会が会員銀行宛てに今年2月に出した「改正不動産登記法に関する確認事項」では、登記原因証明情報として提出する(根)抵当権設定契約証書の原本還付については「原本還付は認められる」との見解が示された。新法の規則の但し書きに、原本還付の対象にならないものとして「当該申請のためにのみ作成された委任状その他の書類」と記載されており、当事者間で証拠と保管される予定の契約書はそれに当らないとの解釈ではある。
 この問題を突き詰めると、やはり紙と電子データとの根本的な違いに行き着く。紙の書面であるから、正本、副本、さらに写しという違いが生じるが、電子データには正本、副本、写しの違いは存在しない。電子データにおける取り扱いの違いは、正しい文書であることを示す電子署名・電子証明書がついているかどうか、いつの時点で作成されたかを示すタイムスタンプがついているかどうかの違いで、文書データそのものはいくらでもコピーできる。しかも、電子署名・電子証明書は有効期限内であれば、いくら使ってもコストは同じ。つまり、電子データの世界では、原本還付という考え方そのものの意味がなくなってしまう。
 新法そのものが、オンライン申請を導入するために制定されたことを考えれば、登記所にしても原本還付のような神経を使う面倒な作業は極力なくしていきたいと考えても不思議ではない。長い目で見れば原本還付の問題もいずれ解消されるだろうが、制度移行期において、相馬氏が指摘するようにいかに混乱を少なくするかが重要である。
 さらに、新法施行で懸念されている点に、中間省略登記の問題がある。中間省略登記は、一般的にAからB、BからCへと所有権が移った不動産取引で、3人の合意でAからCに直接登記を移すことで、実務の世界ではこれまで一般的に行われてきた。しかし、登記申請に登記原因証明情報の添付が義務付けられたために、中間省略登記が事実上、できなくなってしまうのではないか?と心配が浮上している。
 この点も、紙と電子データの違いが影響している部分だろう。従来の登記原因証書として司法書士が作成した副本が使用されてきたのも、契約書など最重要書類を当事者以外が取り扱うリスクを考慮したものと考えられる。しかし、電子データであればいくらでもコピーでき、登記原因証明情報として最も信頼性の高い契約書などの情報を提供するにも何ら問題はない。結果として中間省略登記問題につながってきたわけだ。
 相馬氏は、「引き続き中間省略登記は可能だと考えられる」との見解。とりあえず実務への影響は避けられそうだが、紙から電子データに移行する過程においては、今後も様々な問題が発生することは十分に念頭に置きながら対応していくことが求められる。
 不動産登記の電子申請がスタートした。不動産登記の申請手続きは、登記権利者、登記義務者、資格者代理人しか行えないで、不動産業者はオンライン手続きの方法まで詳しく知らなくても良いのかもしれない。しかし、同時に導入された登記事項証明書のオンライン請求制度は、これまでも郵便請求を利用してきた不動産業者にとっては活用できるかもしれない。
 登記事項証明書のオンライン請求は、紙で発行されている登記事項証明書をオンライン請求によって郵送してもらえる制度である。オンライン庁から利用が始まったばかりで、まだ全国的に利用できるわけではないが、オンライン申請を使い始めるキッカケとしては挑戦してみる価値はあるだろう。
 さいたま地方法務局に問い合わせたところ、これまでの郵便による請求でも、請求書が届いた当日には登記事項証明書を作成して、その日の夕方には発送しており、オンライン申請も基本的に同じ手順で行うことになる。請求書を郵送して登記所に届くまでの時間が短縮され、請求して早ければ翌日には入手できそうだ。
 オンライン請求のメリットは、返信用の封筒と切手を同封する必要がなくなること。手数料は従来どおりに10枚につき1通1000円で、封筒と切手は登記所が負担してくれる。登記申請では必要な電子署名・電子証明書も、登記事項証明書のオンライン申請だけを行う分には不要だ。
 最大のハードルは、オンライン申請ができるようにパソコンを設定することだ。法務省のオンライン申請のホームページにアクセスして手順どおりに進めれば問題はないが、Javaと呼ばれるソフト環境を設定したり、法務省の電子証明書を入手したり、申請書作成支援ソフトをダウンロードしてインストールしたりと大変である。慣れている人であれば30分もあれば使えるようになるだろうが、慣れていないとかなり手間取るかもしれない。
 インターネットを使って登記事項証明書の情報を確認するだけであれば、(財)民事法務協会登記情報提供センターが2003年から提供している「登記情報提供サービス」を使えば可能になっている。ただ、その情報をダウンロードして利用することはできないため、まだ利用していない不動産業者も多いかもしれないが、インターネットを上手く使い分けながら業務の効率化を図っていく必要があるだろう。

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