不動産登記法の改正が先の通常国会で成立、六月十八日に公布された。今回の改正では、明治時代に不動産登記法が制定されて以来、“百年振りの大改正”と言われる大幅な見直しが行われた。これまで慣れ親しんできた紙の権利証(登記済証)が廃止され、インターネット時代に対応したオンライン申請が導入される。今回の法改正のポイントを紹介するとともに、不動産取引の実務の及ぼす影響についても検証してみる。
 今回改正された不動産登記法は、来年三月までには施行される予定で、現在政省令などの整備が進められているところだ。これによって法務省では、今年度中にはオンライン登記制度を導入することにしており、不動産登記の手続きが登記所に出頭せずに、パソコンからインターネットを通じて行えるようになる。
 現在の不動産登記制度は、ご存知のように当事者、もしくは司法書士または弁護士の資格者代理人が、所轄の登記所に「出頭」して、「書面」で書かれた登記申請書を登記官に提出。登記手続が完了すると、紙の「登記済証」が新たに交付される仕組みだ。
 登記所への「出頭」義務は、土地などの不動産所有者も限られていた明治時代に本人が出頭することで登記官が登記名義人の本人確認を行うことが十分に可能だったことから導入され、登記申請の約九割を司法書士などの資格者代理人が行っている現在まで続いてきた制度である。登記申請書や登記済証も全て「紙」でやり取りすることが前提となった仕組みとなっており、「出頭」して直接登記官と紙をやり取りすることで書面の改ざんなどの防止も図られてきた。
オンライン登記とは?
 オンライン登記は、文字通り、インターネットによって登記手続きを行えるようにするもので、登記所への「出頭」も、「書面」による登記申請書の提出も、紙の「登記済証」の交付も行わずに、登記の手続きを完了できるようにするものである。
 例えばオンライン登記で「登記済証」だけは紙で残そうとしても「登記済証」のような重要なものを郵送などでやり取りするわけにはいかないので、結局登記所に「出頭」せざるを得なくなってしまう。オンライン申請の目的である「役所などに出向かなくても手続きが行えて利便性の向上が図られる」には、「紙」を使わずに「電子データ」だけで手続きを完了できる仕組みを構築することが必須となるわけだ。
 ここでポイントとなるのが、「紙」と「データ」の併存をどうするか。公的な申請手続きは基本的に「紙」でも「データ」でもどちらでも行えることになっており、不動産登記も新制度に移行したあとも書面による申請が存続されることになっている。
 しかし、紙の「登記済証」に関しては併存せずに廃止される。もともと「登記済証」は登記申請を行う時に登記名義人の本人確認のために交付されているもので、紙のままでは本人確認する場合に必ず「出頭」して提出する必要が生じてしまう。オンライン申請でも、登記所に出頭して書面で申請する場合でも、どちらにでも対応できるようにするために、新たに「登記識別情報」が導入されることになった。
権利証の代わりに登記識別情報
 登記識別情報は、アルファベットと数字の組み合わせによる十二桁程度のID番号となる見通しだ。「紙」ではなく「データ」そのものであり、紙に印刷された形で受け取ることもできるが、インターネット経由で「データ」だけを受け取ることもできる。
 この登記識別情報の役割は、従来の「登記済証」と同じ。大切に保管しておいて、次回、不動産の登記手続を行うときに本人確認のデータとして利用することになる。キャッシュカードの暗証番号と同じように「登記名義人本人しか知り得ない情報」として扱われる。
 そこで問題となるのが、登記識別情報が「データ」であるため、見られて覚えられたり、書き写されたりすれば「盗まれた」と同じことになってしまうこと。「登記済証」なら盗まれればすぐに気が付くが、「データ」は盗まれても判らないだけに厄介だ。十二桁程度もあるID番号を、キャッシュカードの暗証番号のように暗記しておくことも不可能に近い。
 そこで、登記識別情報を失ってしまったり、盗まれてしまったりすることが心配だという場合には、登記識別情報を「受け取らない」ことも可能とした。これまでも登記済証が火事などで消失した場合に適用する本人確認を行う制度として「事前通知手続」があり、登記識別番号を受け取らなかった場合も、この制度を利用して本人確認を行うこととした。
事前通知手続は「本人限定受取郵便」で
 登記識別情報の提供がない場合の本人確認は、原則として事前通知手続で行うことになった。具体的には、登記名義人の住所に郵政公社が提供している本人限定受取郵便を使って通知を行う仕組みが導入される見通しだ。
 本人限定受取郵便は、身分証明書の提示などによる本人確認を行って直接本人に手渡すシステムで、たとえ本人の家族であっても受け取ることができない。さらに住所が勝手に移転されている可能性を考慮して、移転前の住所にも事前通知を行って確認することにしている。
 これまで登記済証が提出できない場合の本人確認の手段として、紙の「保証書」を提出する制度もあった。しかし保証書の保証人になるのは、申請手続きの代行する業務を通じて登記名義人の本人確認を行った司法書士などがなるケースがほとんどだった。
 こうした実態を踏まえて、紙の「保証書」制度を廃止する一方で、司法書士などの資格者代理人が提供する「本人確認情報」によって事前通知手続を省略できる制度が導入された。本人確認情報には、資格者代理人が何によって登記名義人が本人であるかを確認したか、という情報も含まれる。
 今回の法改正では「出頭」義務が廃止されたことから、登記官が必要と認めた場合には、登記申請人に出頭を求めて調査する権限が明記された。登記官に対して登記名義人本人などから「もし申請があっても受け付けないように」との事前通知があったケースなどに適用されるとしている。
オンライン登記の流れ
 不動産売買に伴う権利登記の手続について、紙とオンラインの違いをみてみよう。紙ベースの場合、不動産の売主(登記名義人)が用意しなければならない主なものは?売主の印鑑を捺した登記申請書?印鑑証明書?登記済証?登記原因証明証書―の四点だった。
 ?の登記原因証明証書は、権利移転などで登記が発生することになった原因を証明するための証書で、本来的には売買契約書などの証書であるが、様式などの問題もあって登記申請書の副本を作成して使われていた。この副本に「登記済」の判を捺したものが、買主に交付される新しい登記済証となっていた。
 オンラインの場合は、紙だったものが全て「データ=情報」に代わる。?売主の「電子署名」が付いた登記申請情報?電子証明書?登記識別情報?登記原因証明情報―となる。
<登記申請情報>
 法務省では、オンライン登記のためのコンピューターソフトを開発して利用者に提供する予定だ。このソフトをパソコンにインストール(組み込む)して、必要なデータを入力して登記申請情報を作成。法務省のオンライン申請受付システムに、インターネットを通じてアクセスしてデータを送信する。
<電子署名&電子証明書>
 相手の顔を見て確認できないインターネット上で、成りすましやデータ改ざんを防止するための暗号サービスで、紙の世界の印鑑とほぼ同じ役割を果たす。民間専門会社が提供するサービスもあるが、公的サービスには、法務省が提供している法人向けの「商業登記に基づく電子認証制度」、市町村が提供する個人向けの「公的個人認証」があり、オンライン登記にもこの二つが利用される予定。
 公的個人認証は、住民基本台帳ネットワークに基づいて市町村が発行しているICカード「住基カード」(大半の市町村では一枚五百円=有効期限十年)を購入して、そのカードに市町村の窓口で個人用の暗号ソフトを書き込んでもらう(一回五百円=有効期限三年)。登記申請情報を送信するときに、パソコンに接続したICカードリーダーに住基カードを差し込んで起動させれば、電子署名と電子証明書によって暗号化してデータが送信される。
<登記原因証明情報>
 売買契約に伴う登記の場合は、売買契約書のデータが登記原因証明情報となる。しかし、現状では不動産の売買契約書は電子化されておらず、紙の契約書が使われており、登記原因証明情報も紙で契約書の副本を作成して提出せざるを得ないことになる。
 そこで、法務省では、紙の契約書をPDFファイルなどに変換して契約当事者が電子署名したもの、または売買契約書そのものを電子化して契約当事者が電子署名したものを添付することを認める方向で検討中だ。これによって主に必要な四つの情報すべてを電子データとしてインターネット経由で送信して登記の申請手続きを行える体制が整う見通しだ。
地図及び建物所在図の電子化も規定
 法務省では、一九八八年に不動産登記法を改正して、登記所の登記簿を磁気ディスク化する作業を進めてきた。全国五十の法務局・地方法務局で、順次コンピューターシステムの導入を進めてきており、これまでに約七割の登記簿を電子化、二〇〇七年度をメドに完了させたい考えだ。
 今回の法改正では、こうした状況を踏まえて、これまで特記扱いだった「磁気ディスクの登記簿」の本則化が図られた。さらに地図及び建物所在図の電子化の規定も創設された。建物の表示登記の申請手続きでも、地図データを含めてオンライン申請が可能な環境が整ったことになる。
 このほか、これまであった予告登記の制度は、登記手続の執行妨害のために濫用されている実態を考慮して、今回の法改正で廃止することになった。
登録免許税の電子納付もスタート
 法務省では、不動産登記のオンライン申請を導入するのと同時に、登録免許税の電子納付もスタートさせる予定だ。電子納付は、公共料金、税金などの収納を行う企業・官公庁・地方自治体と金融機関を結ぶネットワーク基盤「マルチペイメントネットワーク(MPN)」が提供する電子決済サービス「ペイジー収納サービス」を利用する。
 ペイジーは、すでに二〇〇一年十月からNTTドコモやみずほ銀行などの一部民間企業が個別に運用を開始していたが、今年一月に国庫金の取り扱い開始と同時に、利用可能な金融機関が一気に千二百機関以上に拡大して、本格普及の環境が整った。
 ちなみに、ペイジーはMPNと接続したインターネットバンキングサービスを使える環境があれば簡単に利用できる。口座を開設している取引金融機関に、インターネットバンキングサービスの利用申し込みを行い、サービス開始手続が完了すれば、ほとんどのインターネットバンキングサービスはMPNと接続済みなので、電子納付も利用できるようになる。
 登録免許税の納付手続きが,具体的にどのようになるかはまだ明らかになっていないが,おおよそ次のような流れになると予想される。
 法務省の受付システムにアクセスして登記申請のデータを送信すると,受付システムは収納機関システムへアクセスし,当該申請の登録免許税納付に必要な納付情報(納付番号,金額等)を自動的に取得する。納付情報が取得されると,申請人は,法務省の受付システムにアクセスして申請データの処理状況画面から納付情報を確認する。続いてインターネットバンキングの画面を開いて納付情報を入力し,登録免許税の納付手続を行なう。納付手続が完了すると,金融機関のシステム上で決済が行なわれ、金融機関から収納機関に納付情報が送信され、収納機関側で納付済として処理される。法務省の受付システムは,納付済となった情報を収納機関システムから自動取得し,申請人及び登記所へ情報提供する。このしくみにより,短時間で,かつ簡単に電子納付処理が実現できるようになるとみられる。
オンライン登記が及ぼす影響は?
 オンライン登記の仕組みを詳しく見てみると、不動産取引の実務にもいろいろな影響を及ぼすのは間違いないだろう。まず、不動産売買契約書の電子化にどう対応するかである。
 不動産売買契約書は、不動産仲介業者が作成するのが一般的で、売主と買主のほかに仲介業者と取引主任者も署名捺印することになっている。法務省では、紙の契約書をPDFファイルなどに変換して電子署名したものを「登記原因証明情報」として認める方向で検討しているが、ここで仲介業者や取引主任者の電子署名が必要となる可能性が出てくる。
 登記の申請手続きでは直接必要ないかもしれないが、仲介業者が売主・買主から紙の契約書をPDFファイルなどに変換してデータとして提供したり、最初から電子契約書を作成したりすることが求められれば、当然、電子署名が必要になるだろう。
 売主が不動産会社などの企業の場合、取引件数も多く、不動産売買契約書を電子データとして保管するニーズは高いと考えられる。現在、政府では民間企業に紙での文書保管を義務付けているものを電子保存とすることを可能とするe―文書法の制定準備を進めており、売買契約書を電子保存できる可能性も出てきている。
 さらにオンライン登記を利用した場合の取引の流れや手続きも改めて検討しておく必要もありそうだ。最も注意を要するのが、登記識別情報の取り扱いだろう。従来の紙の登記済証であれば、預り証を書いて登記済証を預かって手続を代行することもできたが、登記識別情報は本人以外に知られると盗まれたのと同じになってしまうため、相手が司法書士であっても簡単に教えるわけにはいかない。このため、手続きを登記名義人が直接行うケースも増えてくるかもしれない。
 不動産仲介業者の事務所に、売主と買主が来て、売買契約、資金決済、登記を行う場合には、その場にインターネットバンキングとオンライン登記を行うことができるパソコンの設置が求められることになる。また、金融機関が融資して抵当権を設定する必要がある場合には、金融機関の店舗で一連の手続きを全て行われるようになるとも考えられる。
 従来のやり方であれば、資金決済の現場に司法書士が同席し、資金決済を行う直前に司法書士事務所などの担当者が登記所で売買対象物件の登記内容を確認して電話で連絡。すぐに代金決済を行ったあと、司法書士が必要書類を持って登記所に駆けつけて申請書類を提出する、のが一般的な流れとなっていた。
 オンライン登記ができるようになると、(財)民事法務協会が提供している「インターネット登記情報提供サービス」を使いパソコンで登記内容を確認したうえで、代金決済を行い、その場からすぐにオンライン登記の申請手続きを行うのが、通常の手続の流れになるだろう。これに沿って、細かな部分で従来の手続きを見直したり、各種書面を電子化したりといった対応も必要になると思われる。
 さらに、不動産売買契約自体が、これをキッカケにインターネット上で全て行えるようにする動きも出てくるかもしれない。売主にとっては代金決済、買主にとっては購入不動産そのものが重要であり、仲介業者が信頼できれば、直接相手と顔を合わせて契約手続きを行わなくても良いと考える人も少なくないだろう。
 そうであるなら、不特定多数の人間が利用することになる仲介業者や金融機関の店舗に設置したパソコンを使って手続きを行うよりも、当事者がそれぞれ自分のパソコンから手続きを行う方がセキュリティ確保の面からも望ましい。こうした問題を含めて、オンライン登記の導入をキッカケに、不動産取引のあり方について業界全体で考えていく必要がありそうだ。

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