【永井坂】不動産オンライン登記が進まない本当の理由(2006-11-24=月刊LASDEC 06年8月号掲載)

 「ワンストップ化」という言葉を、最近はあまり聞かなくなってしまった。e-Japan戦略がスタートした当初は電子政府・電子自治体を推進するキーワードとして注目され、会社設立手続きのワンストップ化をめざした実験ポータルサイト「創業ナビ」も開設されたが、2005年3月末で閉鎖。昨年暮れにスタートした自動車保有関係手続きワンストップサービス(OSS)も大きく利便性が向上したとの話はほとんど伝わってこない。
―「MKSアーカイブ」として、不動産オンライン登記の関連記事を掲載しました。合わせて、ご覧ください。
 なぜ、ワンストップ化をめざす動きが停滞してしまっているのか―。

 確かにワンストップ化を実現しようとすると、業務フロー全体を見直して再構築する必要が出てくる。理想を追求してワンストップ化に挑戦してみたものの、そう簡単なことではなかった。結局、誰もそんな面倒な作業に取り組もうとしなくなったから「ワンストップ化」を言わなくなった。もし、そうであるならば残念なことである。

 今年3月に「オンライン利用促進のための行動計画」が策定され、オンライン利用促進手続き約170種類を定めて対策が講じられることになった。とくに登記、国税、社会保険・労働保険は主要3分野と位置づけられ、オンライン利用率50%の目標達成の鍵を握っていると言って過言ではないだろう。
 しかし、こと不動産登記を例にとって実情を見ても、いくら登記手続きやシステムの使い勝手を見直したり、インセンティブを与えたりしたところで、利用促進を図るのはそう簡単ではあるまい。なぜなら、不動産取引の業務そのものがいまだに紙ベースで行われており、契約書や重要事項説明書の交付を電子的に行うことが法律で認められておらず、不動産業界にもIT化の意欲がほとんどないからだ。

電子契約が認められない不動産取引

 05年3月にオンライン登記を認めた改正不動産登記法、4月に紙の書類を電子保存するためのe文書法の施行が決まった時に、国土交通省の幹部に「そろそろ不動産の売買契約の電子化を認めてはどうか」と聞いてみたことがある。すると、怪訝な表情でこんな答えが返ってきた。

 「不動産のような重要な取引は、相対で行うのが当然。なぜ電子化を認める必要があるのか」

 e文書法に基づいて紙の書類を電子保存することは認めても、最初から電子化した契約書を取り交わすのは認める必要を感じていないらしい。その後、内閣官房IT担当室で取りまとめた「事業活動のIT化に関わる規制の状況(平成17年4月版)」に対しても国交省は「紙による手続きでも契約トラブルが発生している現状ではさらに混乱を招く恐れがある電子化は困難」と回答。パブリックコメント募集に対して不動産業界からも電子化を求める要望は出されなかった。

 不動産売買の業務フローを考えてみよう。まず、買い手は購入希望条件に基づき不動産業者などを通じて物件を探す。購入したい物件が決まれば、不動産業者と専任媒介契約を結ぶ。手付金を払い契約内容を決めて、重要事項説明を受ける。最終的な契約書を取り交わし、代金決済を行うと同時に、不動産登記手続きに入る―という流れである。

 最近では、物件探しにインターネットを利用するケースが増え、ITは不動産取引には欠かせないツールとなっている。もちろん実際の物件を現場に行って見ることは不可欠ではあるが、その後の手続きも全て相対で紙の書類を取り交わさなければならず、何度も仲介業者のオフィスや住宅ローンを借りる金融機関の店舗などに出向く必要が出てくる。

 紙の契約書に印鑑を捺して代金決済をしたあとに、果たして登記手続きだけをオンラインで行うだろうか。オンライン登記では、紙の売買契約書をスキャナーで読み取って電子署名をつけたものを添付する必要もある。電子署名を取得する手間や費用を考えれば、登記手続きのためだけに電子署名を取得するとは考えにくい。

電子契約が業界に与える影響を懸念?

 電子契約が認められればどうなるか。まず紙の契約書には貼付する印紙税が不要になる。2000万円の住宅ローンを借りて3000万円の住宅を購入する場合、金銭消費貸借契約書で2万円、不動産売買契約書で1万5000円の印紙税が不要になるわけで、電子署名を取得するインセンティブとしては十分だろう。

 そもそも不動産契約のトラブルの原因は、重要事項説明が不十分なためと言われる。いまだに重要事項説明と売買契約を同じ日にまとめて済ませようとする不動産業者も多い。その場で、重要事項説明書と契約書を見せられて署名捺印するよりも、事前に十分な説明を受け、第三者の意見も聞いて納得してから、日を改めて電子契約する方がむしろトラブルは減るのではないか。

 最近では、不動産の証券化が進み、利回り重視で物件を見ずにインターネットオークションで売買される収益不動産も増えている。同じく需要が増えているマンスリー・ウィークリーマンションでの短期賃貸借契約も、いまだに紙の契約書を郵送でやり取りしなければならない状況であり、電子契約のニーズはないわけではない。電子契約が認められて、司法書士などがエスクロー(第三者預託・契約)サービスを提供する形で業務フロー全体の再構築が進んでいけば、オンライン登記の利用率は黙っていても上昇していくだろう。

 もちろん国交省や不動産業界が契約の電子化を躊躇する理由も判らないわけではない。相対での契約説明義務がなくなった生命保険業界では、医療保険など第3分野商品を中心に外資系の市場参入を招き、業界再編が大きく進む一因になったと言われる。

 不動産分野でも電子契約が導入されれば、全国14万社と言われる宅地建物取引事業者の再編が進みだすことが十分に予想されるからだ。しかし、そうは言っても、公共調達分野でも電子契約の導入準備が進むなかで、いつまでも不動産取引だけ紙以外は認めないとの理屈も通るまい。

 「ワンストップ化」は、役所内部の手続きだけをワンストップ化すれば良いわけではない。電子申告も、労働によって所得を得て消費生活を送る結果として行われる行為である。いかに国民や企業が簡単に申告できる環境を整えるのか。上流工程に遡って全体を見直していくことが不可欠である。