電子政府・電子自治体の取材でも同じこと。住民基本台帳カードの発行や公的個人認証サービスの利用が始まると聞けば、すぐに取得。それらを使って、社会保険庁の年金加入記録問い合わせ、国税庁の電子申告(法人税)、埼玉県のパスポート電子申請、法務省の不動産登記事項証明書請求などのオンライン手続きを可能な限り利用してみた。実際に使ってみなければ、その利点も問題点も判断できないからだ。
「オンライン申請を利用したことはあるのか?」―1年ほど前にある中央省庁の電子政府担当の幹部に取材した時のこと、逆にそんな質問を受けた。
「ええ、ありますよ」と答えると、予想もしなかった反応が返ってきた。
「あんな使えないもの、よく使ったね。自分もやってみようとしたけど、途中で止めたよ」
「確かに最初はハードルが高いけど、何とか使えましたよ」
「それを題材に記事を書けばおカネが稼げるからだろうけど、普通の人は使わんよ」
さすがに絶句した。
「おいおい、その使えない仕組みを作ったのは誰なんだ!」と、思わず突っ込みたかったのを、ぐっと堪えた。責任のある立場でオンライン申請を「使えない」と言い切ったのは、無責任というべきか、正直者(?)というべきか。それ以上に考えさせられたのは、自分で試してみたら、すぐに「使えない」と判るような仕組みを「なぜ、そのまま作ってしまったのか」である。
なぜ、使えないサービスは生まれたのか
人間、往々にして、思い込みだけで物事を進めることがないわけではない。従来の紙による手続きをオンライン化しただけでも、紙に比べれば十分に利便性は高まるはず。だから従来のやり方のままで電子化すれば、黙っていてもオンライン利用率は高まっていく。そう考えていたのかもしれない。
政府はかねがね、オンライン化の目的は「利便性とサービス向上」にあると言い続けてきた。そうであれば、利用しやすさや使い勝手には最も気を配らなければならないはずだが、元来、サービス精神がそれほど旺盛ではない役人のこと、すっかり忘れていたとも考えられる(IT戦略本部には民間人の本部員も加わっているはずだが…)。
こんな見方もあるだろう。これまで紙で行ってきた手続きを、一気にオンライン化すれば、どんなトラブルが発生するかも判らない。まずは従来の紙の手続きのままでオンライン化し、問題がないのを見極めながら、徐々に使い勝手を良くしていく方が安全と考えたからか。
しかし、いくつかの電子申請を利用してみた限り、「使えない」理由の大部分は、電子申請できるようにパソコン環境を利用者がいちいち設定しなければならなかったり、申請作成ソフトの使い方が判りにくかったり、手続きそのものよりもシステム側に起因していた。新しいシステムを使ってサービスを開始するのに、ITスキルの異なるモニターを集め、利用シーンを想定しながら使ってもらって判断するぐらいのアイデアが思い浮かばないはずがない。
相談型オンライン申請はいかが
政府のIT新改革戦略が今年1月に策定され、2010年度までに国・地方公共団体に対する申請・届出等手続きのオンライン利用率を50%以上にする目標が掲げられた。3月には電子政府における「オンライン利用促進のための行動計画」もまとまり、政府も、ようやく本腰を入れてオンライン利用の促進に取り組み始めたようだ。
ここで重要なのは、オンライン利用率の上昇がイコール「利便性の向上」を示しているわけではないことだ。利用率の数値は、あくまでも紙での申請とオンライン申請のどちらが相対的に便利かを示しているだけで、国民が本当に望んでいるサービスが実現したかどうかの証左となるわけではない。
少子高齢化社会を迎えて、国民にとって本当に便利で利用したいサービスとは何か―。
「使えない」サービスを無理に使わせる工夫をするより、「使いたい」サービスを構築する努力をする方を優先するべきである。現在のオンライン申請は、パソコンの設定から操作方法、さらに申請書の書き方まで、誰にも相談せずに行える人にしか、利用できないサービスである。キーボート入力が苦手な高齢者はもちろん、パソコンは使えるけど、初めての確定申告で税務相談員と話をしながら申告書を作成したいサラリーマンにとっても「使えない」サービスと言わざるを得ない。こうした問題を解決するには、主に高齢者向けにテレビ電話と遠隔操作による申請代行入力を組み合わせた「相談型オンライン申請」といったアイデアもあるだろう。
具体的なイメージはこうだ。高齢者のAさんがインターネットに接続されたデジタルテレビで行政サービスの案内手続きに画面を切り替えると、自動的に利用可能なサービスメニューが表示される。利用したい項目を選んで画面にタッチすると、自動的に行政の総合窓口に接続。テレビ画面の半分にテレビ電話を通じてオペレータの顔、もう半分に申請用紙が表示される。Aさんは、オペレータからの質問に答えるだけで、オペレータが遠隔操作で申請用紙にデータを入力。Aさんは、その内容を画面でチャックして、電子署名を付けて送信すれば手続きは完了。必要があれば、離れて住むAさんの息子・娘に申請書を自動転送してチェックしてもらう。
少子高齢化社会では、高齢者の方にも出来るだけ健康を維持して自立した生活をしてもわなくてはならない。そうした時代に必要な公共サービスをどのように実現していくのか。まだまだ知恵を絞る必要はありそうである。