役人は真面目で責任感が強い―。それは取材を通じて感じてきたことだが、時として融通がきかない、いわゆる”官僚的”となることもある。ことITに関しては、それがマイナスに作用してきた側面があるのかもしれない。
(財)地方自治情報センター
のご好意により、2006年4月から地方自治情報誌「月刊LASDEC」で千葉が連載中のエッセー「永井坂」を順次、未来計画新聞に再録していきます(2006-11-05)】

 

 2001年からスタートしたe-Japan戦略も区切りを迎え、今年に入って2010年までの政府のIT政策のグランドデザインを示した「IT新改革戦略」と、「第1次情報セキュリティ基本計画」(06―08年度)が策定された。その後に情報セキュリティ対策の第1人者で、2年前に民間から政府の情報セキュリティ補佐官に就任した山口英・奈良先端科学技術大学院大学教授にインタビューしたときのこと。山口氏が周りの官僚たちから注意され続けている”ある発言”の話題で盛り上がった。
 「朝令暮改は美しいこと」―日進月歩どころか”秒進分歩”で変化するIT社会を支える情報セキュリティ対策に取り組むなかで、山口氏は朝令暮改を恥じる一般的な考え方ではとても対応しきれないことを痛感してきた。「目の前にある問題に全力で取り組むことが被害を最小限に食い止める最善の方法」との信念から、むしろ朝令暮改を奨励してきたわけだが、政策の整合性や一貫性を重んじる官僚からは甚く不評を買ったらしい。「補佐官の立場でそうした発言は止めてほしい」と強く釘を差されてきた(当人はあまり納得していない様子なのだが…)。
 80年代後半から政府の情報通信政策の動向を関心を持ってウォッチしてきた経済記者として、山口氏の心情は良く理解できる。変化のスピードが速いITと、1年単位で物事が決まっていく役所の意思決定プロセスとでは波長が合わなくなる方が当然で、それにどう対処するかが重要であるはず。最初に掲げた政策目標が実情に合わなくなれば、民間なら即座に事業を中止するか、内容を変更するかを決定するが、そうしたフレキシブルな対応を取れずに中途半端な成果しか出せずに終わったIT政策を数多く見てきた。山口氏も、過激な言い回しで官僚たちの意識改革を図ろうとしたのだろうが、拒否反応は予想以上に強かったようだ。
IT化で何を目指そうとしたのか?
 「世界最先端のIT国家を目指す」との目標を掲げてスタートしたe-Japan戦略―。その目玉の電子政府・電子自治体で最初に注目を集めたのは、国土交通省が2001年11月から導入した公共事業の電子入札システムだった。大手ITベンダーにコンソーシアムを組ませ、国交省所管の公益法人で政府直轄工事向けのシステムを開発したあと、地方公共団体向けの標準システムも開発して都道府県単位にセンターを設置し普及させるというシナリオが描かれた。ところが、ご存知のように横須賀市が独自に電子入札システムを開発して先に運用を開始。国交省は「利用者の使い勝手を考えれば、システムは標準化されるべき」と説得を試みたものの不調に終わり、出だしでシナリオに狂いが生じてしまった。
 「そんなに標準化にこだわるのなら公益法人でASP(アプリケーション・サービス・プロバイダー)サービスを行えば良かったのに…」―当時、取材した地方公共団体の担当者からもそうした意見が聞かれたが、まさに正論である。電子入札で目指すものが入札制度改革で、ITは単なる”道具”であるなら、それでも良かったはず。しかし、ASPサービスでは公益法人やITベンダーにとって地方展開のビジネスチャンスが失われてしまうし、地方公共団体も自前でシステムを構築して運用しようという意識が強かった。
 その間に、独占禁止法の大幅強化や公共事業品質確保促進法の制定、道路公団や防衛施設庁で大掛かりな官製談合事件が発覚するなど、公共事業を取り巻く環境は大きく変化した。政策を途中で軌道修正するのが難しいのは判るが、電子入札の導入目的が「事務の合理化」ではさすがに国民も納得しかねる。逆に「入札制度をどう改革するか」との視点で見直す分には、誰も朝令暮改と批判することもあるまい。
アウトカムと説明責任
 中央省庁の再編を終えたばかりの01年1月、行政のアカウンタビリティ(説明責任)を果たすために「政策評価に関する標準的ガイドライン」が制定され、行政機関で一斉にアウトカム(成果)目標の導入が始まった。IT戦略本部でも、03年末に評価専門調査会が設置されて、ようやくアウトカムが意識されるようになったが、従来のアウトプット重視の政策立案から十分に抜け出せていないという印象も否めない。
 これまで政策の一貫性や整合性が重視されてきたのは、その方が何がしかのアウトプットを出しやすく、説明責任からも逃げられたからではないのか。逆にアウトカムを重視するのなら、成果が出ない施策はすぐに中止して、より効果的な施策に予算を振り向けようとするはずで、そのたびに説明責任を果すことが求められる。アウトカムの最大化を図るための「朝令暮改は美しいこと」なのである。
 「日本でもIT分野のアウトソーシング利用が増えてきた。自前でシステムを構築する時代からサービスを利用する時代へと進むなか、公共部門はどこへ向かおうとしているのか?」―ある大手ベンダー首脳からは、そんな疑問を投げかけられた。どちらに向かうにしても、IT新改革戦略に「国・地方公共団体に対する申請・届出等手続におけるオンライン利用率を2010年度までに50%以上とする」との目標を掲げた以上、それを達成するのが最優先となる。
 03年7月にスタートした電子政府構築計画も05年度末で区切りを迎え、電子自治体推進指針も策定から2年以上が経過。06年度からは、新たに電子政府評価委員会も設置されて新しい計画が動き出す。アウトプットも大切ではあるが、重要なのはアウトカムをどのように設定し、実現していくかである。

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