【取材日誌】公共事業逆風世論の真実(2006-10-25)

 国土交通省が主催した平成18年度の国土技術研究会で東京工業大学大学院の藤井聡教授が行った特別講演「公共事業逆風世論の真実」を聞いてきた。全国の地方整備局から技術官僚たちが集まって開催される研究会の場で、どんな話がされるのか興味があったからだ。「不条理な大衆の世論に卑屈になることなく、毅然と(公共事業の)大儀を語れ!」という藤井教授の話に、盛んな拍手が送られていたが、これって来春の参議院選挙モードってこと?

 藤井氏は、奈良県出身で京都大学土木学科を卒業後、同大学院修士課程で心理学を学び始め、スウェーデンのイエテボリ大学新学科助教授も歴任。2002年東工大助教授を経て、今年から土木工学専攻の教授に就任したと紹介された。

 講演の内容を簡単に紹介すると、最初に藤井教授は「なぜ我々は、公共事業が『不人気』だと感じているのか?」との問題を提起(ここでの”我々”とは国土交通省の官僚を指すもとの思われる)。可能性1として「実際に公共事業が不人気だから」、可能性2として「実際には不人気でないにも関わらず、公共事業が不人気だと思い込んでいるから」との仮説を設定し、次のような論理を展開した。

 まず可能性2については、ノエルノイマンの「沈黙の螺旋(らせん)理論」を引き合いに出して、「世論は、市民の『理性的・合理的判断』の集積というよりはむしろ、大衆の『孤立への恐怖』に裏打ちされた『社会的幻想』である」と解説。藤井氏が京都大学時代の5年前に京都で行った意識調査「土木事業に賛成ですか反対ですか?」(対象659世帯)のデータなどから、「必ずしも、人々は、土木事業に対して、否定的な意見をもつのではない」と結論付け、土木逆風世論の正体とは「我々一人一人が心の中に持つ『逆風世論が存在している』という誤認こそが正体である」と言い切った。

 「我々は『世論』に対して、卑屈になり、沈黙する必要などない。毅然と、大儀を語り続けることを忘れてはならない」―藤井教授はそう技術官僚たちに呼びかけたのである。

 続いて、可能性1の「公共事業は不人気」との命題については「なぜ公共事業に反対する人がいるのか?」との疑問に対して、「それ(反対)は合理的な判断ではない」と解説。調査データなどを示しながら、「大衆はマスコミの論調で自分の意見を決めているだけで、自分できちんと考えているわけではない」ことの持論を展開した。さらにプラトン、アレクシス・ド・トックヴィル、オルテガ・イ・ガセトなどの哲学者の考え方を引用し、「『大衆は合理的ではない』ことは政治哲学の世界では常識である」と、欧州で培った知識を披露した。

 いずれにしても「不条理さこそが、大衆の本質に他ならないのである」と結論。心理学の世界では、不条理な大衆を説得するような無駄なことはしないらしいが、土木工学専攻の藤井教授としては、ここから一転して「公共事業が健全に理解されることは不可能ではない」との主張を展開し始めた。

 「人はバランス感覚を失った市民であると同時に、良識と節度を備えた庶民にもなりうる」としたうえで、公共事業反対を声高に唱える「雄弁な市民」だけでなく、「寡黙な庶民」が存在することを、冒頭に示した「沈黙の螺旋理論」が暗示しているというのである。

 最後のまとめでは、再び「大衆化する傾向を少なからず持つ国民が、潜在的に持つかもしれぬ”良識”を信頼し、公共事業の大儀を、発信し続けていく他に途はない」と締めくくった。

 往々にして大学教授の話は、当たり障りのない内容で終わってしまうことが多いが、久々に旗幟鮮明の内容で楽しむことができた。心理学の門外漢としては、藤井教授の講演内容は疑いようのない真実であって反論しようがない内容と言わなければならないのだろうが、最初の問題提起のところで『誤認』があるような気もするのだが…。

 私自身はアンケート調査や世論調査もしたことはないが、そもそも土木事業に賛成か反対かを聞かれれば、ほとんどの市民が賛成と答えるのが本来の姿ではないだろうか。現代人が生活していくうえで、道路や空港、下水道などの社会資本整備は必要不可欠なものであって、不人気だと考えること自体がおかしい。「公共事業不要論」とは、「(不要と思われる)公共事業不要論」であって、必要な公共事業まで不要だとは誰も言っていないと思うのだが、国土交通省の技術官僚たちはそうは受け止めていないということか。

 技術官僚たちが年に1度集まるイベントで、誰が藤井教授の講演をセットしたかに興味があるところだ。狙いとしては、技術官僚たちにもっと元気を出して仕事に励んでもらおうということなのだろう。

来年の参議院選挙には、国土交通省の前事務次官で技術官僚のドンである佐藤信秋氏が、同じ建設技術官僚出身の岩井國臣参議院議員(比例区)の後任として選挙に出馬することが内定している。地方整備局を挙げて大儀を持って公共事業を語り、票集めという”仕事”にもまい進してほしいというメッセージと考えるのは少々穿ち過ぎか。