小泉純一郎首相が退任して、新たに安倍晋三政権が発足した。メディアでは安倍首相のウィークポイントを経済政策と論評されているが、新内閣でも、財政経済担当相に民間の太田弘子氏が起用されるなど、当面は小泉政権を踏襲したスタイルで民間主導の経済運営が行なわれそうである。その前に、小泉政権5年間の経済運営について、筆者の専門である建設・不動産・ITの3分野に焦点を当てて振り返ってみたい。
小泉政権が誕生したのは、2001年4月26日のこと。前年にITバブルが崩壊して景気が後退し始めると、3月19日に日本銀行が量的緩和政策に踏み切って、実質ゼロ金利政策を復活。4月1日には都銀の大型合併で、三井住友銀行、三菱東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)が発足した。
この時期の3分野が置かれていた状況を整理するとこうなる。
建設産業は、2001年2月に政府が不良債権を最終処理する方針を打ち出したことで、ゼネコンの再編淘汰は避けられない状況にあった。2000年度の国内建設投資は、バブル期のピークに並ぶ96年度の82.8兆円から2割減の66.1兆円までに縮小。厳しい状況に追い込まれていた。
不動産業も出口の見えない資産デフレに苦しんでいた。地価は右肩下がりで下落を続けており、バブル期ピークの90年には2455兆円に達していた土地資産総額が、11年後の2001年には1455兆円と、ちょうど1000兆円も目減り。その打開策として不動産証券化手法の導入などが進められていた。
一方、IT産業は、2000年問題の特需などをキッカケに起きていたITバブルが崩壊。故・小渕首相が打ち出したミレニアムプロジェクトを発展させたIT国家戦略「e-Japan戦略」を2001年1月にスタート。2000年末にNTTがADSLの商用サービスを開始して、ブロードバンド時代が幕を開けたところだった。
それから5年―。ますます悲惨な状況に陥っているのが建設産業である。
2005年度の建設投資額は、53.5兆円。2000年度から、さらに19%も減少した。減少幅は、その前の5年間と大きく変わっていないが、悲惨なのは地方だ。建設投資額のうち公共事業をみると、96年度の34.6兆円から2000年度は30.0兆円と辛うじて30兆円の大台を維持していたが、05年度は19.9兆円へと激減。実に3分の2の規模に縮小したわけで、06年度はさらに8.7%減の18.2兆円になる予測さえている。
国や地方の財政状況を考えれば、公共事業の削減は仕方がない面もあるが、建設業を自立させるための有効な方策は何ら講じられてこなかった。逆に、06年1月の独禁法改正で談合摘発を大幅に強化し、過酷なダンピング競争へとゼネコンを追い立てている。建設業者の過剰供給構造を是正することは必要ではあるが、格差問題を深刻化させただけで、何ら有効な対策を出せずに放置されているのが実情だ。
最初は恵まれていたものの、結局は期待はずれで終わったのがIT産業だ。
景気対策の一環として政府も積極的なIT投資を実施して、IT産業も恩恵を受けた。しかし、過去を振り返っても、日本では国主導のIT関連プロジェクトが成功したためしはない。ソフトバンクの孫正義社長の功績で、世界で最も低料金のインターネットブロードバンド網は構築されたが、肝心のITサービス普及は遅々として進んでいない。
90年代に凋落した日本のIT産業の国際競争力は、相変わらず低迷状態のまま。通信・放送分野でも、世界で戦えるようなメディア産業が誕生する気配はなく、ネット企業もライブドア事件以降は今ひとつ盛り上がりに欠けている。
「小泉首相は、そもそもITに全く関心がなく、事務方としても何とか気を引こうと、回転寿司の皿にICチップを埋め込むなどパフォーマンスを演出するのに苦労した」―そう担当府省の幹部も嘆いていたが、組織トップの取り組みが成功の鍵を握っているIT政策にとって、小泉首相の無関心ぶりは致命的だったかもしれない。しかし、それを引き継ぐ安倍政権では、26日の内閣発足でついにIT担当大臣の役職まで消去されてしまった。
対照的に、この5年間で一気に復活したのが不動産業である。
首相就任直後の5月8日には、都市再生本部の設置が閣議決定され、容積率や高さ制限などの規制を緩和するなど都市再開発を促進するための施策を推進。9・11米国同時テロ事件の前日という絶妙のタイミングで、日本版不動産投資信託(J−REIT)が東証に上場したあとは、不動産ファンド市場も順調に拡大。見事に東京の地価が13年ぶりに上昇に転じた。
小泉首相も実に、不動産業のためには良く働いたという印象がある。森ビルが開発した六本木ヒルズ(03年)、表参道ヒルズ(06年)の竣工式には自ら出席していたし、総合規制改革会議(議長・宮内義彦オリックス社長)のメンバーに森稔・森ビル社長を起用したり、3兆3000億円もの不動産資産を抱える郵政公社の民営化や国有財産の売却検討など、国民の資産を民間事業者に流れやすいようにする仕組みを作ったり…。
さらには、霞ヶ関官庁街の容積率が余っているのがもったいないから建て替え検討を指示したり、昨年暮れには日本橋川の再生に向けて識者に答申を求めたりと、首相自らリーダーシップを発揮してきた。本人は、幽霊社員だったと言っているが、さすがに元・不動産会社社員だっただけのことはある。
土地ほど、持てるものと持たざるものとの格差が明確にでるものはない。7月の基準地価では、東京に続き、大阪、名古屋でも地価が上昇に転じる一方で、地方圏では地価下落に歯止めがかからない状況が続いている。
安倍政権では、再チャレンジ政策を積極的に推進していくと表明している。持てるものを持たざるものの格差を乗り越えることができる再チャレンジ組が果たしてどれぐらいいると考えているのか?格差放置の隠れ蓑にされるのでは堪ったものではない。