2005年11月に耐震強度偽装事件が発覚してから10カ月…。構造計算書を偽装した元建築士・姉歯秀次被告の裁判が、9月6日、ようやく東京地裁で始まった。99ものマンションやホテルのデータを偽装し、耐震強度不足を発生させた前代未聞の事件は、一人の建築士が引き起こした事件として収束に向かいつつある。それで、よいのだろうか。

建設会社が詐欺容疑を否認

 「収入を増やすため、うそを重ねて強度の偽装を拡大させ、責任は他人に転嫁した―」(朝日新聞9月7日付け)―検察側は冒頭陳述で姉歯被告と事件との関わりをそう描き出した。姉歯被告も起訴事実を大筋で認め、冒頭に「マンションの住民に多大なご迷惑をおかけしました」と謝罪した。

 事件が発覚した当初、構造計算書の偽装はヒューザーなどの建築主、木村建設などの施工業者を含めて組織的に行なわれたのではないか、との疑いが持たれた。国会の証人喚問に呼ばれた姉歯被告も、8月から公判が始まっている木村建設元東京支店長の篠塚明被告からコストダウンの圧力があったと証言。そうした構図を裏付けると受け取られた。

 しかし、捜査過程で姉歯被告の国会証言に偽証の疑いがあると判明すると、メディアの論調も姉歯被告を事件の”首謀者”と扱うようになった。翌日に初公判があった木村建設社長の木村盛好被告も「構造計算書が虚偽であることは知りませんでした」と詐欺容疑を全面的に否認。事件は、姉歯被告の”単独犯行”との見方が強まっている。

責任取るのは下請け業者だけ?

 「責任のある立場の人間は具体的な指示など出さないのが建設業界の常識。結局、責任を取らされるのは下請け業者だけということでしょう」―都内の設備設計事務所の代表は、改めて事件をそう振り返る。確かに発注者が「法律違反してでも、コスト削減しろ!」といった指示を間違っても出すはずはない。厳しい価格競争の末に、双方で合意した金額で請負契約したと言うだけである。

 請負業者の方も「この請負金額じゃ、赤字になるので、鉄筋など材料を抜いても良いか」と聞けるはずはないだろう。自分でコスト削減できなければ、とにかく安値で引き受けてくれる下請け業者を探してきて丸投げするだけのこと。最後は、一番弱い末端の下請け業者が「自分勝手にやっただけ」という構図が出来上がる。この部分だけを捕えて、姉歯被告の”単独犯行”と判断するなら建設業界の実態を見誤ることになる。

 問題は、建築主や元請け業者が安値で下請け業者に発注するときに、今回のようなデータ偽装や手抜き工事が発生するリスクをどの程度、認識しているのか。もし認識していれば”未必の故意”と言えるのだが、赤字工事でも契約どおりに仕事が行なわれるとの”建前”がまかり通って、発注側に責任が及ぶことはない。だから、安心して”偽装請負”と中身は同じ「重層下請け構造」が建設業界では蔓延してきたのである。

 「結局、あの事件は何だったのか。建築主として責任があるのは確かだが、ヒューザーも気の毒だった」―最近、ある大手不動産会社の担当役員と話をしていると、ヒューザーも姉歯被告の被害者であるかのような発言が飛び出してきた。ゼネコンにおんぶに抱っこでビジネスを行なっているマンション事業者は多いだけに、自らの発注管理能力を問われるより、建築士の単独犯行で片付けた方が、都合が良いということなのだろう。

建築士の再試験制度は見送りに

 今回の事件をきっかけに始まった建築制度の見直し議論も、単独犯行説の台頭で尻すぼみになったとの印象は否めない。当初は、事件の背景に建設生産システムが抱える構造的な問題があると認識され、住宅流通を含めてシステム全体を抜本的に見直そうとする動きが活発化した。

 国土交通省も、昨年12月には社会資本整備審議会建築部会に「基本制度部会」、大臣の諮問機関として「構造計算書偽装問題に関する緊急調査委員会」をそれぞれ設置して議論をスタート。今年2月に基本制度部会が取りまとめた中間報告では建築に関する様々な制度を幅広く検討していく方向性を示し、緊急調査委員会が今年4月にまとめた最終報告でも問題を「氷山の一角」と捕えて対策を講じる必要性が指摘された。

 「結局は、臭いものに蓋。建築士や確認検査機関に責任を取らせるだけの制度見直しで終わったということでしょう」―8月末に出された基本制度部会の最終報告に対して、ある建築コンサルタント会社の代表はそんな感想をもらした。

 今年6月に成立した建築基準法等の改正で、建築士に対する罰則と、建築確認検査機関の審査・監督が大幅に強化され、構造計算を再チェックする判定機関が新設されることになった。しかし、それ以外に浮上していた検討課題は、いずれも曖昧な形の決着を余儀なくされた。

 まず建築士の資質、能力の向上のための資格制度の見直し論議はどうなったか。この問題は以前から、建築士の職能団体である日本建築士会連合会、意匠系建築家が中心の日本建築家協会、法人事務所で組織する日本建築士事務所協会の3団体によって、利害対立から長い間、紛糾してきた問題だった。今回も3団体の利害対立が再燃し、専門資格制度や建築士の再試験制度導入は見送られた。

 消費者保護対策の議論はどうなったか―。新築住宅の売主であるマンション事業者に瑕疵担保責任を履行する資金力がないことが判明したため、売主の保険加入義務化でカバーする案が浮上していた。これもマンション業者からの猛反発で義務化を行なわないことで決着。参加見送りが確実な大手業者抜きで、有効に機能する保険制度を実現できるかどうかである。

金融機関や損保会社が果たす責務は?

 今回の事件で消費者が最も困窮したのは住宅ローンの問題だろう。返済猶予に応じる施策も講じられたが、欠陥住宅を担保にして住宅ローンを貸し付けた金融機関の責任問題は、最後まで具体的な形で表面化しなかった。

 「とにかく金融機関や損保会社がリスクを取ろうとしないんだ」―基本制度部会の最終報告の後で国土交通省住宅局の幹部を訪ねると、疲れた表情でそう打ち明けた。本来であれば、住宅ローンを貸し出すときに、担保物件となる住宅を審査するのは金融機関の責務である。米国の住宅検査会社の多くも、損保会社などの系列に入っていると聞く。

 今回の事件では「そもそも建築確認検査業務を民間開放したのが間違いだった」として、国の責任を問う意見が当初は多かった。しかし、役所にも十分な検査機能が備わっていないのが実態である。民間開放しても十分に機能する制度設計を考えることが重要である。

 問題の本質は、どの建築確認検査機関で審査を受けるかは確認申請を出す人間が自由に選べる点にある。建築確認申請をマンション事業者やゼネコンが出すならば、イーホームズのように審査が早くて、柔軟に対応してくれる機関を選ぶのが当然だ。民間検査機関も、できるだけ多くの顧客を獲得しようと、マンション業者やゼネコンに選ばれやすい検査をするようになってしまう。

 それを防止するにはどうすれば良いか。民間確認検査機関の選定は、住宅ローンを融資する金融機関が行なうのが最善の方法だろう。金融機関は、自分が認定し検査機関の審査を受けていない物件には、住宅ローンに応じないとすれば良いだけ。民間確認検査機関にとっては、多くの金融機関から選ばれることがビジネス拡大につながるため、金融機関が納得する厳密で正しい審査を実施しようとするインセンティブが働くことになる。

 しかし、金融機関が検査機関を選べば、万一、検査機関が瑕疵を見逃していたことが判明した時に、金融機関にも責任が及ぶことが避けられない。やはり今まで通り、国や自治体に責任を押し付けて住宅ローン事業を展開していく方がリスクは小さい。そこで、先の住宅局幹部の発言が意味するところに繋がるわけである。

大山鳴動、ねずみ一匹で終わるのか?

 今年4月、SBIホールディングスの北尾吉孝代表取締役執行役員CEOが、民間確認検査機関のイーホームズの買収に名乗りをあげたことがあった。結局、買収は見送られ、イーホームズは指定を取り消されたが、北尾氏の狙いは、国交省の動きを察知してグループ会社のSBIモーゲージと検査機関を連携させて、米国型の住宅ローンビジネスを展開することにあったのだろう。

 しかし、事件をキッカケに動き出した制度見直しも、このままでは「大山鳴動、ねずみ一匹」で終わりそうな気配も感じられる。北尾氏のビジネスプランがいつ実現するかはさて置き、これで第二の姉歯元建築士の出現を防げるのか。消費者に対する瑕疵担保責任は間違いなく履行されるようになるのか。姉歯被告の”単独犯行”として蓋をしただけでは、いつ別の蓋が外れるとも限らない。

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